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教養・歴史 書評

階層間の格差が拡がる中国。封建社会と比較した書を読む

中国 「階層分化」のゆくえ=辻康吾

 中国社会の階層分化が論じられて久しい。経済規模の拡大につれて階層間の所得格差も広がったうえ、「紅二代」「官二代」といった言葉のとおり、既得権層を頂点に階層の固定化が進んでしまった。「人民」の名の下で平等をめざした社会主義の理想はともすれば、忘れられがちだ。こうしたなかで出版された経君健著『清代社会的賤民等級』(2021年、四川人民出版社)は、儒教支配の下で過酷な身分制度が敷かれた封建社会と比較することで、現代中国の有りようを考える糸口を与えてくれる。

 清史の専門家である経君健は、家事労働などに従事した「奴婢(ぬひ)」をはじめ、江南地方の「堕民」、遊芸を披露した「楽戸」など、「賤民(せんみん)」として差別された人々について、政治、経済、法制、社会などの角度から、ヒエラルキーの最下層に置かれた構図を描き出している。清代の身分制度は、大きく分けて皇帝から最下層まで七つの階層に分かれていたとされる。「賤民」とされた人々は、実際の暮らし向きはさまざまでも、生来の身分を固定され階層を抜け出せない点で共通していた。清代の長編小説『紅楼夢』に主人公の侍女として登場する晴雯(せいぶん)は、美貌と才気に恵まれながらも、大観園を追われ寂しく命を終える。明暗の落差は、「奴婢」という晴雯の出自に深く根差す。

 こうした差別的な身分制度は、清代に雍正帝(ようせいてい)による解放令をはじめとした是正が試みられ、辛亥革命後には解消されている。では、不当な社会の分化が続く中国共産党政権の下で歴史に帰したのかといえば、決してそうとは言えない。都市と農村に戸籍を分離した政策は、鄧小平時代に市場経済が導入されると農村から都市の下層労働者が提供される構造を招いた。「盲流」から「民工潮」と名を変えてもその実態は変わらない。時間の経過とともに世代を重ねて階層が固定される傾向が顕著になっている。北京大学の顔色教授は、北京、清華の両大学に入学する農村出身学生の比率が大きく低下した事例を挙げ、「紅二代」などの既得権層が上部構造を握るエリート社会は階層が固定化した不平等社会であると警鐘を鳴らす。「奴婢」の制度は消えても、才能を摘みとられて無念の涙をのむ「晴雯」は、決して古典文学の虚構ではないはずだ。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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