資本コスト、企業統治の常識論に× 新常識を提示する問題の書=平山賢一
『たかが会計 資本コスト、コーポレートガバナンスの新常識』 評者・平山賢一
著者 福井義高(青山学院大学教授) 中央経済社 2530円
企業価値算出に必須の要素を 変化し続ける現実から捉え直す
本書は、副題が示すように「資本コスト」と「コーポレートガバナンス」についての常識に疑問を投げかける論争含みの一書である。小気味よい論理展開は、一種の清涼剤のように感じる読者もいるだろう。
資本コストとは、投資家から見ればリスクに見合う要求収益率を意味するが、企業から見れば債権者や株主から資金を調達するコストであるとともに、将来の利益などのキャッシュフローを現在の価値に換算する割引率でもある。この割引率としての資本コストは、長期的な資産価格(=期待キャッシュフロー/資本コスト)※を算出する際に必要不可欠だが、筆者は「研究においても実務においても、会計の世界では資本コスト一定という仮定のもとでしか成り立たない議論が行われている」と批判する。
経済環境が大きく変動し、さらに企業の取り組むビジネス領域も戦略的にどんどん組み替えられていく現実を見れば、資本コストが変化していくとの主張は説得力がある。
コーポレートガバナンス(企業統治)については、本年6月に東京証券取引所が「改定コーポレートガバナンス・コード」を施行し、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指し、独立社外取締役の拡充を上場企業に求めているだけに大いに注目されている。筆者は、独立社外取締役は企業価値を向上させないとした上で、「コーポレートガバナンス改革論はその実証的根拠の欠如のみならず、統制経済的色彩が濃厚である」と批判している。
今回のコードの改定は、東京証券取引所の市場区分見直しと結びつけ、「東証1部」に代わり最上位に位置づけられる「プライム市場」に上場し続けるためには、独立社外取締役を取締役の3分の1以上とせよ、と迫っているため、少々急ぎ過ぎの感はある。
一方、独立社外取締役は、企業業績の成長(期待キャッシュフローの上昇)には貢献しないかもしれないが、権限の強い社長に対して、「環境や社会への配慮」を取締役会で主張するという条件付きで、企業価値の向上には貢献するのではないだろうか? 将来のリスクシナリオ発現の芽を摘むことを通して、リスクプレミアムを抑制し、資本コスト(※の分母)の低下を促すからだ。
不確実性が高まる低生存状況下では、利益最大化(※の分子)よりも「裏切りかねない経営者を監督する」独立社外取締役を拡充することは、リスクマネジメントの観点からも求められているかもしれない。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長)
ふくい・よしたか 1962年生まれ。東京大学法学部卒業後、米カーネギーメロン大学大学院博士課程修了(Ph.D)。日本国有鉄道、JR東日本等を経て現職。著書に『会計測定の再評価』など。