教養・歴史 書評

ベストセラー作家マイケル・ルイスがコロナをテーマに挑戦!=黒木亮

『最悪の予感 パンデミックとの戦い』 評者・黒木亮

著者 マイケル・ルイス(作家) 訳者 中山宥 早川書房 2310円

機能不全の官僚機構に挑んだ米コロナ対策の立役者に迫る

 コロナ禍前、世界健康安全保障指数の1位は米国で、パンデミックにもっとも対処できる国のはずだった。しかし、本稿執筆時点で約63万9000人という死者を出し、世界のコロナ死亡者数の約15%を占めている。本書を読むと、そのうち相当数の人々は、大統領がドナルド・トランプでなければ、命を落とす必要がなかったことが分かる。

 ノンフィクションの名手である著者は、時系列で事態の推移を追うのではなく、米国でコロナ対策に腐心した個々人にスポットライトを当て、各人の生い立ちから説き起こす。

 主要な登場人物の一人、チャリティ・ディーンはバービー人形のような金髪の白人女性で、カリフォルニア州保健衛生局のナンバー2である。オレゴン州の農村の貧しい家庭に育ち、ニューオーリンズのチューレン大学の医学部を卒業し、アフリカで医師として働いた経験がある。伝染性疾患への対処に尋常ならざる意欲と知見を持ち、33歳の若さでサンタバーバラ郡の副保健衛生官になると、内部書類ばかり作っていた前任者たちとは打って変わって、自ら患者を診察することにこだわり、伝染病の感染経路を次々と特定し、容赦なく予防措置を講じていく。

 彼女以外にも、ブッシュ(息子)政権時代にパンデミック対策の立案に携わった退役軍人省の年輩の医師で、既成観念にとらわれず、真実をとことん追求していくカーター・メシャー、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の天才肌の研究者で、話をしている相手に「目から稲妻が出ている」ように感じさせるジョー・デリシなど、魅力的な人物が何人も登場し、肥大化して機能不全に陥った米国の官僚機構に挑んでいく。

 一方で、トランプ大統領は「ウイルスは4月までに突然消えるだろう」と話し、7月になっても「私が正しかったことが分かるだろう」と言っていた。コロナ対策の総本山となるべきCDC(米疾病対策センター)も、保守的で頑迷な組織に堕し、コロナ対策より株価にこだわる強権的な大統領を前に萎縮していた。

 ホワイトハウス内の良識派は途方に暮れ、絶望し、やがてディーンやメシャーらの私的なメールや電話の会議に密(ひそ)かに参加し、次第に表立って彼らの力を引き出していく。

 強い志を持つ主要登場人物たちの活躍は目が覚めるほどドラマチックだ。他方、本書はコロナ禍を通して米国の病巣をえぐり出し、民主主義の欠陥を白日の下に晒(さら)している。大手映画会社がいち早く映画化権を取得したというのも納得できる。

(黒木亮・作家)


 Michael Lewis 1960年生まれ。米プリンストン大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを経てソロモン・ブラザーズ入社。その後、『ライアーズ・ポーカー』で作家デビュー。『マネー・ボール』などベストセラーを連発している。

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