週刊エコノミスト Online 北朝鮮
北朝鮮のミサイル連射に「嫌な予感」しかしないワケ 澤田克己
北朝鮮がまた、ミサイルを続けて発射した。
日本の排他的経済水域(EEZ)に達した短距離弾道ミサイルを発射したのは、「鉄道機動ミサイル連隊」という耳慣れない部隊だという。北朝鮮の発表に接しての第一印象は「新しい技術を次々と試しているのではないか」というものだった。北朝鮮はこれから、新しい兵器体系の実験を集中的に実施しようとしているのかもしれない。そんな嫌な予感までするのである。
北朝鮮の発表によると、「長距離巡航ミサイルの発射試験に成功した」のは9月11、12の両日。ミサイルは領空内をぐるぐる回る軌道で1500キロ飛行し、標的に命中したという。さらに15日には短距離弾道ミサイル2発を日本海に向けて発射。通常の弾道ミサイルは単純な放物線を描いて飛ぶが、今回のミサイルは下降を始めた後に急上昇する変則的な軌道で約750キロ飛んでいる(北朝鮮は飛距離を800キロと発表している)。
目を引いた「列車からの発射」
巡航ミサイルの発射はこれまでもあったが、いずれも射程の短いものだった。北朝鮮の軍備強化に強い警戒感を示した今年の防衛白書を見ても、巡航ミサイルに関する記述は見つからない。ノーマークだったということだろう。それが突然、飛距離を数倍に伸ばして日本のほぼ全域を射程に入れるミサイルとして姿を現した。
今回の弾道ミサイルで目を引いたのは、鉄道の列車が初めて発射台として使われたことだ。北朝鮮の朝鮮中央テレビが流した映像を見ると、貨車のように見える列車の屋根が開き、横向きに入っていたミサイルが引き起こされて発射された。まるでドラマ『サンダーバード』に出てくるようなシーンだ。従来のトレーラー型発射台よりも、偵察衛星で見極めるのが難しそうに思える。
防衛白書によると、北朝鮮は2019年5月以降、「通常の弾道ミサイルよりも低空を飛翔するとともに、変則的な軌道を飛翔することが可能とみられる」短距離弾道ミサイルの発射を繰り返してきた。ただ日本のEEZに届くほどの飛距離ではなかったので、今回は射程を伸ばした新型もしくは改良型の可能性がある。
ターニングポイントは2年半前の「ハノイの失敗」か
長距離巡航ミサイルの発射成功を報じた国営朝鮮中央通信の記事に、気になる記述があった。「長距離巡航ミサイル開発事業は、この2年間、科学的で頼もしい兵器システム開発プロセスに従って推し進められた」というのである。きっちり2年というわけではないだろうが、2019年夏ごろに開発が始まった、もしくは本格化したと読める。
変則軌道の弾道ミサイルが発射されたのも2019年5月以降だ。防衛白書は、2019年以降に少なくとも3種類の新型と推定される短距離弾道ミサイルが発射され、今年3月にはさらに別の新型弾道ミサイルが発射されたと指摘している。
19年2月にはハノイで2回目の米朝首脳会談が開かれ、決裂している。金正恩朝鮮労働党総書記はこの会談で制裁解除を取り付けることを強く期待していたが、全くの見込み違いに終わった。
北朝鮮はこの後、経済制裁を前提にした「自力更生」を強調するようになる。米国との交渉がすぐに進展することはないと判断し、軍事面でも「プランB」に切り替えて新技術の開発に拍車をかけることにした可能性がある。
バイデン政権誕生で期待を裏切られた
それでも、(金総書記と「馬が合う」)トランプ前大統領の2期目があるのなら、と考えていただろうが、昨年11月の米大統領選の結果は期待を裏切るものだった。そして今年1月の党大会では、経済での自力更生路線を強調するとともに、核兵器を主力とする軍備増強路線を鮮明にした。
金総書記は党大会で、▽核兵器の小型・軽量化を進めて戦術核兵器を開発する▽極超音速滑空飛行戦闘部を開発し、導入する▽固体燃料型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発する▽偵察衛星の運用と無人偵察機の開発を進める――などという方針を示した。
「極超音速滑空飛行戦闘部」というのは、中国やロシアが開発を進める最新兵器である超音速滑空兵器を指すのだろう。金総書記は、極超音速滑空飛行戦闘部の開発と偵察衛星の運用について「近いうちに」と言っているので、この二つは重点的な開発対象なのかもしれない。
侮れない北朝鮮の技術開発力
金総書記は一方で、米国との対話を否定してはいない。今年6月の党中央委員会総会では対米関係について「対話にも対決にも共に準備されていなければならず、特に対決にはさらに抜かりなく準備されているべきだ」と述べた。弱腰に取られないよう対決姿勢を見せながらも、状況に応じて対話しようとする姿勢を示唆したと受け取られている。
米国側の事情を見ても、すぐに交渉が進展することを期待するのは難しい。そもそも実務レベルでの交渉を積み上げていく伝統的な外交スタイルのバイデン政権では、トランプ政権のようなトップダウンでの意思決定は望めない。
さらにバイデン政権は北朝鮮に対話を呼びかけてはいるものの、どれだけ熱意があるのかは疑問だ。アフガニスタン情勢への対応や米中対立の激化の方が重要課題であり、北朝鮮情勢の優先度は高くない。
金総書記はそうした情勢を見たうえで、当面は軍事技術の開発を進めておこうと判断したのではないか。対米交渉で制裁を引き出すという最終目標は変わらないが、すぐには難しいので、今は交渉カードを積み上げるために軍事に注力するということだろう。
北朝鮮はこれまで国際社会の想定を大きく上回る速度で核・ミサイル開発を進めてきた。特に金正恩体制になってからは、そうした傾向が強い。2016、17の両年に核実験と弾道ミサイル発射を繰り返して一気に技術開発を進めたことは記憶に新しい。
すでに長距離弾道ミサイル技術は完成させたことになっているから、日本の領空をたびたびミサイルが通過してJアラートが鳴り響くような事態にはならないかもしれない。それでも北朝鮮の軍事技術が進展すれば、北東アジア情勢には大きな悪影響を及ぼすので警戒が必要だろう。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数