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米韓首脳会談の「大成功」で勢いづく文在寅政権の危うさ 澤田克己

バイデン米大統領とともに記者会見に臨む文在寅大統領 Bloomberg
バイデン米大統領とともに記者会見に臨む文在寅大統領 Bloomberg

 韓国の文在寅大統領は、米国のバイデン大統領との5月21日の会談について、「最高の会談だった」とSNSに投稿した。「韓国の立場を理解し、反映するよう神経を使ってくれた」と米国の対応を絶賛した。

 確かに、韓国が最重要視する対北朝鮮政策に関する内容は、まさに文氏が望んでいた通りのものだった。「最高の会談」というのは本心だろう。だが、文政権に自信を抱かせる結果となったが故に、むしろ文氏が調子に乗って突っ走るのではないかと、筆者は懸念している。

北朝鮮政策と対中政策を「バーター」

 両首脳の共同声明で注目されたのは、北朝鮮問題で韓国側の希望が大幅に通ったことと、対中政策について「台湾海峡の平和と安定の維持の重要性を強調する」と踏み込んだ言及がなされたことだ。両者が「バーター取引」をしたのは一目瞭然だった。

 北朝鮮については「朝鮮半島の非核化」を目標として掲げ、2018年の南北首脳会談での「板門店宣言」と、シンガポールでの米朝首脳会談で発表された共同声明などを土台に、北朝鮮との対話によって問題解決を図る方針を示した。北朝鮮が嫌がる「人権問題」にも触れたが、文政権が主張してきた「人道支援の必要性」がセットになった。

バイデン氏の「南北協力支持」を大歓迎

 文政権が特に喜んだのは、「バイデン大統領は南北の対話と関与、協力に対する支持を表明した」という一文だ。

 韓国メディアのインタビューに応じた李仁栄(イ・インヨン)統一相は、この点について「米朝間だけでなく、自律的な南北関係の改善という精神まで反映されている」と評価した。与党の国会議員からも「南北の対話と協力になんら条件を付けない積極的な支持を表明したものだ」と歓迎する声が上がった。

 さらに国立外交院の金峻亨(キム・ジュンヒョン)院長は別のラジオ番組で、「米国が直接的に制裁問題での譲歩をしなくても、韓国が迂回路になれる」とまで語った。一緒に出演した丁世鉉(チョン・セヒョン)元統一相は、南北対話や協力について米国と行ってきた事前調整も不要になったと言い切った。

記者会見で表情を緩ませる文在寅大統領 Bloomberg
記者会見で表情を緩ませる文在寅大統領 Bloomberg

 彼らの発言は、新型コロナウイルス対策での人道支援に加え、南北の鉄道連結や金剛山観光の再開などといった協力事業を念頭に置いたものだろう。これらは、文政権は積極的に進めようとしたが、「国連制裁に抵触しかねない」と米国側からストップをかけられるなどして進められずにきたものだ。

 金氏は政治任用された政治学者で、政権入りした後もメディアで自由奔放な発言をしている。金大中、盧武鉉両政権で統一相を務めた丁氏も、現在は政権内部にいるわけではない。ただ、二人とも政権中枢に近い外交安保の専門家であり、政権の本音をうかがい知るための材料になるとは言えそうだ。

自信を持つと「前のめり」になる文政権

 筆者が、米韓首脳会談の結果を手放しで喜ぶ文政権に対して懸念を覚えるのは、北朝鮮問題を巡るこれまでの「経緯」があるからだ。

 文氏は当初から、朝鮮半島情勢の当事者として韓国が「運転者」となることにこだわっていた。韓国の頭ごなしに米国と北朝鮮が交渉し、韓国は後部座席で見ているだけという構図は受け入れがたいという考え方だ。

 ただ、当初は慎重な姿勢を取っていた。就任した2017年には北朝鮮が核実験と弾道ミサイル発射を繰り返していたから、対話や交流などという状況ではなかったこともある。

 翌18年初めに平昌冬季五輪を契機として南北対話が活性化したが、この時、文氏は米国との事前調整を欠かさなかった。韓国政府当局者は「米国が了承したことしか進めていない」と言い、米国側からも「韓国側は非常に細かい部分まで協議してくる。うるさいと感じるくらいだ」という声が聞かれたほどだ。

 ところが、韓国が仲介する形でセットされたシンガポールでの米朝首脳会談が実現した頃から、文政権の姿勢は変化を見せ始める。米国との調整を軽視し、北朝鮮との直接対話に前のめりになったのだ。韓国主導で事態が進んだことに自信を深め、独断で動き始めたように見えた。

 同年9月に平壌で開かれた南北首脳会談の際に署名された軍事分野合意書は、文氏の「姿勢の変化」を示すものだった。

 韓国での報道によると、文政権が合意書の内容を在韓米軍に通知したのは署名の3日前。北朝鮮との綱引きがギリギリまで続いたためだというが、本来であれば、同盟国である米国とは交渉段階から調整していなければならないはずだった。

 康京和外相(当時)がポンペオ国務長官(同)に電話で会談結果を説明した際にも、事前説明がなかったことへの米国側の不満が表明されたという。

結局米国なくして話は進まない

 この後は再び、米韓の協議体制が強化された。そして9月の南北首脳会談で合意された経済協力などは、ことごとく進まなくなった。19年2月のハノイでの米朝首脳会談が決裂したことで米朝対話は停滞し、南北関係もストップした。

 北朝鮮はその後、文氏と金正恩総書記の合意に基づいて設置された南北共同連絡事務所を爆破したり、総書記の妹である金与正氏の名義で韓国を強く非難する談話を出したりして、韓国を圧迫した。

 手詰まり状態の中で、文政権は来年5月の任期切れへのカウントダウンに入った。「もう時間がない」と焦っているところに、米国から南北の対話と協力にゴーサインが出た、というわけだ。バイデン政権にそこまで前向きな意図があったかは疑わしいが、文政権の周辺ではそうした受け止めが強いようだ。

 だが客観的に見れば、米朝対話と切り離して南北の対話・協力を進めることなど不可能だ。残り時間を意識して成果を焦れば、北朝鮮に付け込まれるだけだろう。文政権が慎重な姿勢を取れるかが、今年後半に向けての注目点となりそうだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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