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「先進国」入りした韓国がわざわざ「落ち目の日本」を引き合いに出して悦に入るワケ 澤田克己

韓国・ソウルでワクチン接種を待つ人々 Bloomberg
韓国・ソウルでワクチン接種を待つ人々 Bloomberg

 韓国の文在寅大統領が15日、日本の植民地支配からの解放記念日である「光復節」の式典で演説した。8000字近かった演説で、日本との関係に割かれたのは約300字。記念日の性格を考えれば入れざるをえないから入れた、というレベルに近い。現在の韓国における日本への関心は、その程度ということなのだろう。

 光復節は、南北分断につながる悲劇の記念日でもある。だから統一や南北関係への言及についても注目される。歴代政権でも対日関係より大事なテーマとして扱われてきたし、南北関係に意欲的な文氏は力を入れてきた。ただ今年は、これに関しても踏み込んだ言及はなかった。

「1人当たりGDP」がG7並みに

 では、何を語ったのか。それは「世界に類例を見ない発展を遂げた大韓民国への自賛」である。実は、近年の光復節演説はこちらが主という感が強い。日本関係に着目せざるをえない日本の記者は「どこに出てくるかな」と演説原稿に目を凝らさないといけないのだ。筆者の印象では、こうした傾向は李明博政権から強まったように思える。

 文氏は今年の演説で、戦後の農地改革によって農業生産が増え、1970年代には植民地時代の3倍になったことや、60年代の経済開発5カ年計画から始まった経済成長で世界10位の経済大国になったことに言及。1人当たり国内総生産(GDP)が昨年、主要7カ国(G7)レベルとなったことについても誇らしげに語った。

 文化面での成果も並べた。米ビルボードのチャートで1位を連発するK-POPグループ「防弾少年団(BTS)」、米アカデミー賞で作品賞などを昨年受賞した映画「パラサイト」、今年の助演女優賞に輝いたユン・ヨジョン……と列挙したうえで、コンテンツ輸出額が100億ドルを超えたと述べた。

7回も登場した「先進国」という単語

 全体を通じて目についたのは「先進国」という単語だ。文氏による昨年までの光復節演説では2年前に1回出てきただけだったが、今年は7回も使われた。

 文氏は、国連貿易開発会議(UNCTAD)での韓国の分類が今年から先進国へと変更されたことを誇った。そして「いまや先進国となった私たちは新たな夢を抱く。平和で、品格のある先進国になりたいという夢だ」と説いた。

 国際機関で先進国扱いされるのは、初めてではない。韓国の国力を考えれば、分類の変更はむしろ遅かったと言えるほどだ。それなのにUNCTADを強調したのは、自らの任期中の出来事として強調したかったからだろう。昨年来の新型コロナウイルス感染拡大への対応で自信を深めたことも背景にありそうだ。コロナ対応を通じて、韓国の人たちは先進国になったという実感を強めたからだ。

 韓国の経済団体・全国経済人連合会(全経連)は昨年の世論調査で、「韓国が先進国になったと感じた契機」について聞いた。「経済協力開発機構(OECD)への加盟」などの選択肢を押さえて、圧倒的に多かったのが「コロナ対応」で36.1%だった。

人口比のコロナ死者は日本の3分の1

 文政権は今年に入ってから、ワクチン確保に手こずって批判を浴びている。それでも現時点までの累計で、人口100万人当たりの陽性者数は日本の半分、死者数は3分の1程度にとどまっている。個人情報をフル活用しての感染経路追跡など、日本とは国情が違う部分もあるが、それでも日本よりダメージが少ないのは明確だ。

「現在の日本」への関心の低下とは別に、「落ち目の日本」との比較は心地よいのだろう。青瓦台(大統領府)のサイトは昨年の一時期、PCR検査数や陽性者数を日本と比較する形で載せていた。理由についての説明はなかったが、「日本よりはいい状況」というアピールであることは一目瞭然だった。

「この30年で日韓は逆転した」

 こうした心理は、文政権だけのものでないようだ。それが顕著にあらわれているのが、前述の全経連が今月発表した「この30年で日韓は逆転した」というリポートである。

 リポートは、さまざまな指標を並べる。スイスの著名なビジネススクールである国際経営開発研究所(IMD)の国家競争力ランキングでは、1995年に日本4位、韓国26位だったが、昨年は韓国23位、日本34位と逆転。購買力平価換算の1人当たりGDPは、2018年に韓国が初めて上になった。国際通貨基金(IMF)によると、1990年には日本が約2万ドル、韓国が約7500ドルだったのに、昨年は韓国が約4万4600ドル、日本が約4万2200ドルだ。

 世界的な企業ランキング「フォーチュン500」に入る企業数は、1990年に日本149、韓国8と18.6倍の格差があったけれど、昨年は日本53、韓国15となって3.5倍にまで迫ったという。

 リポートは、日本が技術競争力では依然として優位にあると認める。特に素材・部品分野では対日依存度が高いし、自然科学分野のノーベル賞受賞者が日本には24人いるが、韓国は一人も出していない、といった具合だ。

 こうした比較は結局、厳密な定義のない「先進国気分」の指標として日本が手頃だということを示している。日本が経済大国だと知らない韓国人はいないし、現在の40代くらいまでは「韓国とは比べ物にならない先進国・日本」のイメージを知っている。だから「日本を上回った」と言われれば、実感しやすいのだ。

 日本への関心が低下しているのに、なぜ日本との比較で喜ぶのか。日本の側から見ると分かりづらい心理だが、その背景はこんなところなのだろう。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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