「電車で中吊り」から「スマホでティックトック」へ世代交代=永江朗
中吊り広告からショート動画へ=永江朗
『週刊文春』(文藝春秋)が8月26日発売号を最後に電車の中吊(づ)り広告を終了し、ライバルの『週刊新潮』(新潮社)も9月末で終了する。
かつてはTBS系「噂の!東京マガジン」で「今週の中吊り大賞」というコーナーがあるほど、週刊誌の中吊り広告は日常生活に溶け込んでいた。吊り革にすらありつけないような満員電車では、中吊り広告を見るぐらいしかすることがなかった。「噂の!東京マガジン」に出演する競馬評論家の井崎脩五郎氏は「中吊り評論家」とも呼ばれていた。
しかし、中吊り広告を出す週刊誌が減り、コーナー名も「週刊!見出し大賞」、そして「週刊気になる見出し」へと変更。番組そのものも地上波からBSに移った。出版社が中吊り広告をやめるのは、ネット時代のスピードに合わないことなどが理由として挙げられるが、読者の高齢化も大きいだろう。ある雑誌の関係者が言った「読者はもう通勤電車に乗っていない」という言葉が印象的だ。少し前、週刊誌の裏表紙に補聴器の広告が載っていたのを思い出した。
一方、取次最大手の日本出版販売(日販)は今、TikTok(ティックトック)と協力して、若者向けの作品を集めた文庫のフェアを展開している。「ショートムービープラットフォーム」と呼ばれるティックトックは、動画版ツィッターのようなもの。若者に人気がある。
きっかけとなったのは、筒井康隆の小説『残像に口紅を』(中公文庫)のヒットだ。使える文字が一つずつ減っていくという実験的な小説で、1989年の発表時もかなり話題になった。筆者も発売日に購入したことを覚えている。その後、95年に文庫化されて息長く売れていたが、今年7月末に突如としてアマゾンなどでランキング上位に登場した。同作品が面白いというティックトックへの投稿を見たユーザーが購入し、出版社もさっそく重版を決定した。
日販のフェアもティックトックが持つ若者層への強い訴求力を期待してのこと。スマートフォンでティックトックを見ている若者は、電車の中で中吊り広告を読まないし、週刊誌も買わないかもしれないが、同世代が面白いと推す文庫は買うのである。
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