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お公家集団・宏池会の領袖、岸田文雄の弱み=ジャーナリスト・鮫島浩〈サンデー毎日〉

    自民党総裁選で新総裁に選出された岸田文雄氏(右)=2021年9月29日
    自民党総裁選で新総裁に選出された岸田文雄氏(右)=2021年9月29日

     もはや次期首相候補の最右翼だ。自民党総裁選(9月17日告示、29日投開票)で菅義偉首相が不出馬を表明した3日時点で、正式に名乗りを上げているのは、このご仁だけだからだ。岸田文雄・前政調会長。ただ、宰相の座も目前と思いきや、やはり簡単ではないらしい。

    (「サンデー毎日9月19日号」に掲載)

     真骨頂は「敵失待ち」 菅ショックで自民党総裁戦で最右翼に

     感染爆発と医療崩壊で内閣支持率が続落しても、なお権力の座にしがみついていた菅義偉首相が、自民党総裁選への出馬を断念した。このまま総裁選に突入しても、対抗馬である岸田文雄前政調会長に勝てないと判断したからである。叩(たた)き上げの剛腕政治家として知られる菅首相は、岸田氏の何に敗れたのか。

     岸田文雄氏、64歳。菅首相が「原稿棒読み」で国民的不評を買ったとすれば、岸田氏は「永田町でいちばん話がつまらない男」の異名を持つ。総裁選が両者の一騎打ちで行われていたら、一般国民はもちろんのこと、投票に参加する自民党員でさえどっちもどっちと感じる「史上最低の政策論争」になったことだろう。

     勝敗を握るのは最大派閥・清和会を牛耳る安倍晋三前首相だった。安倍氏は表向きは菅支持を表明していたものの、菅支持で派閥を引き締めるそぶりを見せず「菅おろし」の広がりを待ち望んでいるように見えた。本命は岸田氏なのか、それとも菅首相を十分にいたぶったうえで跪(ひざまず)かせて土壇場で救うつもりなのか。自民党議員たちは安倍氏の動向に釘(くぎ)付けだった。しかし岸田陣営には安倍最側近の今井尚哉(たかや)元首相補佐官に加え、安倍氏と親密なジャーナリストらが続々と出入りし、安倍氏の取り巻きは安倍氏の本音が岸田支持にあると確信していた。

     菅首相と岸田氏は「いかに安倍氏の心をつかむか」でしのぎを削ってきた。その姿はまるで「服従競争」だった。菅政権が発足した昨年秋以降、安倍氏は二階俊博幹事長が牛耳る党運営に不満を募らせていた。幹事長交代を望んでいるのは衆目一致するところだった。

     岸田氏が出馬表明した8月26日の記者会見で真っ先に打ち出したのは「総裁以外の党役員の任期を1期1年、連続3期までとする」という公約だ。5年にわたり幹事長として君臨する二階氏への退場宣告であり、安倍氏への熱烈な秋波であることは誰の目にも明らかだった。「反二階・親安倍」の自民党議員たちを喜ばせる効果は十分にあった。

     とはいえ、「権力の集中と惰性を防ぎたい」という岸田氏の言葉には、党内から失笑が漏れた。「権力の集中を防ぐ」という正義を掲げるのなら、憲政史上最長の7年8カ月も続いた安倍政権は何だったのか。8年8カ月も副総理兼財務相に居座る麻生太郎氏はどうなるのか。安倍・麻生両氏に盲従する岸田氏がよく言ったものだと大勢は内心冷ややかに眺めたのである。

     そんな岸田氏の公約に誰よりも敏感に反応したのが、菅首相だった。8月30日に菅政権の生みの親である二階氏を官邸に呼びつけ、幹事長交代を告げたのだ。

     岸田氏が「二階外し」を掲げる以上、自分も「二階外し」で対抗するしかない。菅首相は安倍氏の支持をつなぎとめるため、9月6日に幹事長交代を柱とする党役員人事に踏み切る意向を表明した。総裁選直前の人事断行はそれに不満を抱く人々の大量離反を招く恐れが極めて高い禁じ手だ。何よりも安倍氏に「菅離れ」の口実を与えてしまうかもしれない大博打(ばくち)だった。

     現職首相の自滅。安倍氏に恭順の意を示すばかりの岸田氏に勝利が転がり込むとすればそれしかない。岸田氏には何の魅力も感じないが、菅首相よりマシだ――「究極の消去法」でしか浮かび上がることのない岸田氏の真骨頂は、じっと敵失を待つことである。

     時々の権力者に合わせるばかり

     その思惑通り、菅首相は自滅した。党役員人事をめぐる混迷に続いて、総裁選を先送りするための衆院解散案を画策していることが報じられ、自民党内に強い反発が吹き荒れた。菅首相は二階氏に代わる新たな幹事長を指名したところで、岸田氏に勝つ見込みを失ったのである。

     自民党の保守本流を自負する「お公家集団」として戦後政治史に重厚な足跡を残してきた宏池会。岸田氏が第9代会長に就任したのは2012年10月。前月には岸田氏と当選同期である安倍氏が2度目の自民党総裁に就任していた。民主党政権が混迷を深め、自民党の政権復帰が確実視されていた時期である。

     岸田氏にはそれまでめぼしい政治的実績はなかった。初入閣は第1次安倍内閣で務めた再チャレンジ担当相。この時は安倍氏を「非常にバランス感覚に優れた方」と持ち上げた。安倍内閣が崩壊し、路線を異にする福田康夫内閣が誕生すると規制改革担当相に。この時は「ハト派色の強い福田内閣は共鳴する部分も多い」と福田氏を絶賛した。その時々の権力者に合わせるばかりで何をしたいのか極めて不明瞭な政治家なのだ。

     岸田氏は祖父と父の地盤を受け継ぐ政治家3世として労せずして当選を重ねた。政治家秘書あがりの叩き上げで「抵抗勢力のドン」として恐れられた第8代会長の古賀誠氏(元自民党幹事長)が岸田氏を後継指名したのは「決して逆らうことがなく院政を敷くのに最適だった」(宏池会OB)からにほかならない。

     安倍氏は12年末、衆院選に圧勝して首相に返り咲くと岸田氏を外相に抜擢(ばってき)。岸田氏は5年近く外相を務める。だが、安倍内閣は安倍首相、麻生副総理兼財務相、菅官房長官の3人が牛耳り何事も官邸主導で決まった。特に外交は「外交の安倍」を自任する安倍氏の専売特許だった。外務省幹部たちは官邸の顔色ばかりうかがった。「安倍氏が岸田氏を外相に据え置いたのは全く目立たない政治家だったから」(外務省OB)という分析は正鵠(せいこく)を得ている。

     ハト派の宏池会は最大派閥・経世会と組んで戦後政治を主導し、タカ派の清和会を脇に追いやってきた。自民党の勢力図が一変したのは00年の「加藤の乱」。宏池会第6代会長の加藤紘一氏が清和会の森喜朗内閣を批判し、野党提出の内閣不信任案に同調しようとして切り崩された。宏池会は分裂し、非主流派に転落。その後の小泉純一郎内閣で清和会による自民党支配が確立した。

     宏池会OBは「池田勇人、大平正芳、宮沢喜一ら歴代会長が清和会の安倍氏に跪く岸田氏の姿をみたら嘆き悲しむでしょう。でも宏池会は昔から経世会の虎の威を借りてきた。今は清和会の時代に変わっただけ。常に権力者の側に付く。それがお公家集団の伝統なのです。むしろ加藤氏が例外でした」と岸田氏をかばう。

     岸田氏の目に映る権力者は菅首相ではない。今も安倍氏のままなのだ。

     宏池会を再統合して「大宏池会」結成を目指すのは、安倍氏の盟友・麻生氏だ。

     タカ派の麻生氏は宏池会の異端児だった。ハト派の加藤氏が1998年末に宏池会会長になると、河野洋平氏と派閥を飛び出して小グループを結成。それが奏功し、小泉政権で政調会長、総務相、外相に登用され、2008年には首相に上り詰めた。今や麻生派は清和会に次ぐ第2派閥だ。

     古賀派で菅氏と浅からぬ「因縁」

     麻生派(53人)と岸田派(46人)が合流する大宏池会が実現すれば、安倍氏が率いる清和会(96人)と並び立つ二大派閥となる。〝安倍派〟と麻生派が自民党を完全掌握して首相を交互に輩出する――それが麻生氏の理想像だ(麻生氏率いる大宏池会は昔の宏池会とはまるで違う姿となろう)。

     大宏池会の実現には岸田氏を抱き込まねばならない。麻生氏は岸田氏を総裁選で支持する条件として、宏池会名誉会長だった古賀氏と決別し麻生派に合流するよう迫ってきた。岸田氏が逡巡(しゅんじゅん)するまま迎えた昨年秋の総裁選では菅首相を支持した。岸田氏はついに屈して総裁選後に古賀氏を退任させ、麻生氏が要求する「古賀離れ」に応えたのである。踏み絵を踏んだのだ。

     岸田氏は安倍・麻生両氏の自民党支配が完成するまでの打って付けの中継ぎと言っていい。

     私は小泉政権下の03年、宏池会の番記者だった。当時は古賀氏が大きな力をふるっていた。岸田氏は当選3回の若手有望株と言われていたが、存在感は皆無に近く「お育ちの良い世襲政治家」の典型に見えた。

     菅首相も当時の宏池会に在籍していた。50代半ばにして当選2回の「若手」に分類されていた。叩き上げの菅氏の立ち振る舞いは岸田氏と対照的で、強面(こわもて)の親分である古賀氏をしばしば突き上げ、古賀氏に逆らって小泉政権へ接近した。古賀氏はそんな菅氏を「扱いにくいが使える子分」として重用した。それでも最後に宏池会会長の座を禅譲したのは決して刃向かうことのない岸田氏だった。

     リスクを背負ってのし上がってきた菅首相が最も敵視するのは、岸田氏のように権力者に盲従する政治家だ。菅政権の生みの親である二階幹事長の解任、総裁選先送りのための衆院解散の画策――なりふり構わず権力維持をめざす菅首相の姿は、岸田氏にだけはその座を明け渡したくはないという強烈な思いの裏返しであった。

     しかし二階氏解任を表明しても安倍氏は救いの手を差し伸べてくれない。総裁選先送りのための衆院解散という強硬策は安倍氏から直接電話で反対すると釘を刺された。菅首相の打つ手はすべて裏目に出た。「服従競争」の形勢は恭順の意を示す岸田氏へ急速に傾いたのである。菅首相にとって「服従競争」は慣れないアウェーでの戦いだった。

     菅首相による幹事長交代が明らかになった後、政界に流れたのは「岸田幹事長説」だ。菅首相が岸田氏を幹事長に抱き込み、総裁選出馬をやめさせる奇策である。衆院解散による総裁選先送りができないのなら総裁選を無投票にしてしまうという、なりふり構わぬ政権延命策だ。

     岸田氏は先手を打って「幹事長を受けることは絶対ない」と否定した。菅首相の誘いに乗れば自らに傾きつつある安倍氏の心が離れてしまう。「菅首相よりマシ」が自らの生命線であることを、お公家集団の領袖(りょうしゅう)は誰よりも自覚していた。

     安倍氏への「服従競争」制すも…

     菅首相は追い込まれた。残る道は三つ。「服従競争」を続行して安倍氏の意中の人を幹事長に起用するか、「服従競争」から離脱して安倍氏が嫌う石破茂元幹事長や河野太郎ワクチン担当相、小泉進次郎環境相らを起用して激突するか。それとも政権を投げ出すか。

     マスコミ各社は石破氏や河野氏の幹事長起用を有力視していた。私の見方は違う。菅首相は安倍氏と激突して総裁選に出馬するつもりはハナからなかった。石破氏らの起用をちらつかせて安倍氏を牽制(けんせい)しつつ、最後は安倍側近の萩生田光一文部科学相の起用で折り合いたかった。加計(かけ)学園疑惑に登場した萩生田氏の起用は総裁選後の衆院選にはマイナスだ。それを承知で「服従競争」に勝つ道を探った。けれども安倍氏が救いの手を差し伸べることはなかった。もはや誰を幹事長に起用しても安倍氏が菅支持で動くことはない。そう確信するに至り政権を投げ出した――と私はみている。

     安倍氏への無条件服従に徹しきれず「条件闘争」を重ねた菅首相に対し、岸田氏はひたすら安倍氏に恭順の意を示し続けた。

     叩き上げの菅首相は自滅し、お公家集団を率いる岸田氏が次期首相の一番手に浮上した。だが岸田氏には死角がある。菅首相が国民的人気の高い石破氏や河野氏を担ぎ出したらどうなるか。「菅首相よりマシ」というだけで高まった岸田待望論は雲散霧消しないか。

     これは岸田氏のみならず、安倍氏にとっても嫌な展開である。菅首相を生かさず殺さずフラフラのまま総裁選に突入させる――このナローパスこそ岸田政権誕生への最善手だった。菅首相が表舞台から去り、岸田氏の存在価値も一から問われることになる。本当の権力闘争はここからだ。

    さめじま・ひろし

     1994年、京都大法学部卒業後、朝日新聞社入社。政治部で菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当後、2010年に39歳で政治部デスクに抜擢。12年、特別報道部デスク。「手抜き除染」報道で13年度新聞協会賞受賞。21年5月末、49歳で朝日新聞社を退社し独立

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