コンクリートで船を作った歴史があるのに洋上風力では認めない日本のヘンな規制
期待の高まる洋上風力発電。当面は海底に基礎を設置する着床式がメインとなるが、いずれは日本での設置可能海域が広く、潜在能力の大きい「浮体式」が日本の電力供給の中心的な役割を果たすようになる可能性も高い。
そのためには浮体基礎の技術の確立やコストの低減が必要だ。有望視されている技術の一つがコンクリート製の浮体構造物だ。鋼製浮体に比べて安く作ることができるからだ。
地元の雇用にも貢献するコンクリート浮体
コンクリート製にはもう一つのメリットがある。鋼製浮体は造船ドックなどの特定の場所でしか建造できないが、コンクリート製なら設置場所近くの港でも製作でき、地元の雇用にも貢献できるのだ。地元への利益還元は、洋上風力発電の実現を後押しする効果もあると期待されている。
壁は「コンクリート船は認められない」というJIS規制
ところが、コンクリート浮体の導入には一つの壁がある。
あるコンクリート製品メーカーでは「日本工場業規格(JIS)でコンクリート船が認められていないから、日本では認められないと言われた」という。
実際、浮体式洋上風力発電が注目され始めた2019年頃には、コンクリート浮体については否定的な雰囲気があった。コンクリートはある程度のひび割れの発生を容認する素材だ。それを海洋での浮体構造として適用すると、ひび割れからの海水侵入に伴い、鉄筋が腐食し強度が落ちるなどの懸念もあった。海事業界の関係者の中には「コンクリート浮体構造の採用は厳しい」、という認識を示していた専門家もいたという。
フランス企業が響灘で実証したがコンクリート製は採用できず
実は2014年から新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が北九州市沖約15キロメートル、水深約50メートルの海域「響灘」で始めた浮体式洋上風力発電システムの実証研究ではフランスのイデオル(BW IDEOL)という会社がダンピングプールというドーナツ型のコンクリート製浮体構造物を開発し、フランス国内では実証試験を始めていた企業の技術が採用された。
しかし、響灘の実証ではコンクリートを使用できず、鋼製浮体を採用せざるを得なかった。結果的に響灘の構造物は日立造船の堺工場(堺市)の海洋専用ドックで製造、2018年に設置、試運転が開始されている。
※えい航の動画「NEDO次世代浮体式洋上風力発電システムバージひびき」はこちら
※製作の動画「次世代浮体式洋上風力発電システム「ひびき」建造の記録」はこちら
動画を見ると、これだけ大きな構造物を精密に組み上げる現場の施行力には舌を巻くが、それでは地元貢献にはつながらないのである。
そもそも鋼製しか対象にしていない日本の船舶安全法
ちなみにJIS規格では、船体の材質としては木材、鋼板、FRP(繊維強化プラスチック)は示されて居るが、コンクリート船に関する記述は見当たらない。
現在の日本の法規では、コンクリート浮体が認められるには、コンクリート浮体が船舶安全法に基づく検査に合格し、船級登録できることが必要だが、日本の船舶安全法に基づく技術基準には鋼製を対象としたものしか無い。
このまま、コンクリート浮体が使えないということでは、日本の洋上風力発電の将来にとって大きな障壁となりかねない。
戸田建設は長崎でハイブリッドを採用
だがその一方、戸田建設が長崎で実施している浮体式洋上風力発電は、ハイブリッドスパー形という、円柱型の浮体構造物を採用している。これは浮体構造物の上部を鋼製、下部にコンクリートを使用している。一部とはいえ、コンクリートを採用した浮体構造が実現しているのは「安全性の承認が得られやすかったため」(風力発電協会)という。
仏イデオルの浮体構造物は形が四角形で、多くの応力(部材にかかる力)がかかるため、安全性評価にも多くの時間が必要だった。NEDOの実証試験のスケジュールでは実証の期間に間に合わないため、コンクリート製の採用を見送らざるを得なかったというのが実情だ。
それに対して戸田建設が採用した円柱形の浮体構造物は、鋼製とコンクリート製のハイブリッド型。それにかかる応力は比較的単純で、安全性の評価も得やすかった。
それが戸田建設と仏社の二つのプロジェクトを分けた違いとなったわけだ。
コンクリート製を排除していない国交省
こうした状況を重く見た国土交通省では、浮体式洋上風力の安全性評価手法の検討が進められている。昨年には同省から「浮体式洋上風力発電施設技術基準 安全ガイドライン」が出されている。その中で、コンクリートについて「適切な強度評価を行い、安全性を確認する必要がある」記述があり、排除されているわけではなく、認証に向けて国も動き出している。 ただ、コンクリートを浮体に適用する場合のマニュアル、あるいは安全評価基準については、まだ策定されておらず、現状では日本国内で実プロジェクトに導入できる状況にはない。
風力発電協会は承認に前向き
浮体式洋上風力の具体化に向けて、行政も動き出してはいるが、今のところJIS規格として承認するような動きは見られない。
ただ「JISに規定がないから絶対にダメということはない」(日本風力発電協会)と答えており、浮体式洋上風力が普及していく段階ではコンクリート製浮体構造物のガイドラインや安全基準が整えられていくと協会は予想している。
一方で、浮体式洋上風力が国際展開されていく段階で、安全評価手法は国際標準化されていくことが考えらえる。
そこでもJIS規格でコンクリート船が認められていないとなれば、それは海外からの参入障壁ともなりかねない、という懸念の声も聞かれる。洋上風力が日本の産業として成立し、市場が持続的に継続していくには、JIS規格化が大きな力となるのは間違いない。
実は日本にコンクリート船の歴史があった
ちなみにコンクリート船は日本でも実績がないわけではない。戦時中に、鉄資源不足のなかで、日本海軍がコンクリート製運搬船「武智丸」を3隻建造した。終戦後、この武智丸の一部は防波堤として再利用されている。これによってコンクリート船の実用性は証明されている。ただその後日本で建造された実績はない。JISに規定がないのは、需要がないためともいえる。
(宗敦司・エンジニアリングビジネス編集長)