教養・歴史書評

防衛研究の専門家が、太平洋戦争末期の債務危機の裏側を暴く=評者・平山賢一

『日本 戦争経済史 戦費、通貨金融政策、国際比較』 評者・平山賢一

著者 小野圭司(防衛省防衛研究所 特別研究官) 日本経済新聞出版 4950円

戦費調達の歴史に見る 非常時経済政策の暴走

 本書は、戊辰(ぼしん)戦争から太平洋戦争に至るまでの戦費調達の歴史を、通貨金融政策に注目して捉え直した力作である。日清・日露戦争や第一次世界大戦などを深掘りする書とは異なり、時系列での比較を浮かび上がらせるスタイルは、読者の頭の整理に大いに貢献するであろう。

 特に経済専門家では踏み込めない戦況および国庫管理から経済事象を明らかにするアプローチは、防衛研究所特別研究官の著者ならでは。

 例えば、「戦争の規模が大きくなると、戦費調達とは別に国庫内での資金の一時的な不足(歳入と歳出の時間的収支擦れ)を手当てする必要が出てくる」との視点には、はっとさせられる。一般には、外債発行や国債累増といった中長期的な資金循環に目が向きがちだが、細やかなオペレーションの重要性に気づかせてくれるからだ。戦時にあっても、経営実務で言う「勘定合って銭足らず」の鉄則が当てはまっていたのは興味深いと言えよう。

 さて本書の醍醐味(だいごみ)は、外債調達や資材調達の自給自足を余儀なくされた第二次世界大戦の特異性を指摘している点だ。占領地で銀行券を発行して、それで戦地での戦費支出を賄うという「現地調弁」が、戦時末期の中国大陸でのインフレ加速と国内インフレの波及阻止につながった事実が強調されているのである。現代を生きるわれわれは、戦時末期に、経済規模の2倍を超える国債残高についての認識はあるものの、同10倍にまで拡大した植民地での資金調達の事実について知りえていない。債務危機の裏側には、より過激な惨劇が隠されていたのである。これは、現地中銀(横浜正金銀行、朝鮮銀行など)を介した「一種の日本銀行によるオフバランス化(資産や取引が財務諸表に記載されなくなること)」であり、従来の戦争になかった太平洋戦争末期の大きな特徴と言える。

 金輸出再禁止(1931年末)に始まる高橋是清蔵相による「高橋財政」は、デフレ脱却の起爆剤になったと評価する声が多い一方で、戦争拡大を推進した債務膨張の便法となった「日銀国債引き受け」のマイナス面も指摘されてきた。しかし、戦時末期の空気を反映しつつ、自己運動を始めた政府=日本銀行=現地中銀の暴走は、高橋財政の責任の範疇(はんちゅう)を超えるものだったと言えよう。

 戦時とは言えないまでも経済危機を生きるわれわれも、やみくもな金融緩和に走り、戦時末期に至る階段を上りつつあることを忘れず、自省的に、立ち位置を見つめ直す頃合いかもしれない。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長)


 小野圭司(おの・けいし) 1988年に京都大学経済学部卒業後、住友銀行勤務を経て防衛庁防衛研究所に入所。社会・経済研究室長などを経て2020年より現職。著書に『もうひとつの戦後史 第一次世界大戦後の日本・アジア・太平洋』(共著)など。

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