教養・歴史書評

門外不出だった「福田メモ」駆使した福田赳夫の評伝=評者・小峰隆夫

『評伝 福田赳夫 戦後日本の繁栄と安定を求めて』 評者・小峰隆夫

監修者 五百旗頭真(兵庫県立大学理事長) 著者 井上正也(成蹊大学教授) 上西朗夫(元下野新聞社社長) 長瀬要石(開発政策研究機構理事) 岩波書店 5280円

門外不出の「福田メモ」で浮かび上がる政治経済の歴史

 本書は政治家の評伝としての金字塔だと思う。

 本書では、政治家福田赳夫の生涯が丁寧に記述されていることは当然として、その時々の政治、経済、社会情勢についても詳細で行き届いた解説が提供されている。本書は福田の評伝であるとともに、福田が生きた時代の政治経済史の書でもある。

 評者の場合は、例えば「65年(1965年)不況」の際に、党人で積極成長論者の田中角栄が均衡財政を、大蔵省出身で安定成長論者の福田が公債発行を主導したのはなぜだったのかなど、長い間疑問に思っていたことが、本書を読むことによって解明され、大変うれしかった。

 貴重な1次資料を活用していることも本書の大きな特徴だ。本書では、これまで門外不出だった、福田本人の100冊以上の「福田メモ」が頻繁に引用されている。これが本書に強い信憑(しんぴょう)性と説得力を与えている。

 福田の生涯は波乱に満ちたものだっただけに、本書は読み物としても実に面白いものとなっている。65年不況の中で蔵相として決断した戦後初めての公債発行。佐藤栄作の後を田中角栄と争った角福戦争。愛知揆一蔵相の急死で、政敵田中角栄内閣の下での蔵相就任を受け入れ、狂乱物価の沈静化に当たる。三木武夫内閣の下で副総理・経済企画庁長官として経済の正常化を導く。総理として直面したダッカ日航機ハイジャック事件。東南アジア歴訪の中で示された福田ドクトリン。

 そして圧巻の大福対決が来る。これは、自民党総裁選で勝利を確信していた福田の予備選挙の結果尊重発言→大平正芳・田中角栄連合による猛烈な党員獲得運動→予備選での大平勝利→福田、本選挙を辞退、大平が総理に→衆院選挙での自民敗北→首班指名に自民から大平・福田の二人が候補となり、大平が首班に→社会党の内閣不信任案提出→福田・三木派は本会議を欠席して内閣不信任案可決→衆院解散→大平首相の急死→大平の弔い合戦となり、自民党大勝という小説でもあり得ないような波瀾(はらん)万丈の展開となったのである。

 政界を引退した福田が力を入れたのが、世界各国の大統領、首相経験者をメンバーとするOBサミットだった。福田は、現役の国家首脳が取り組む余裕を持てない地球規模の課題を首脳OBで議論しようと考えた。西ドイツのシュミット元首相はこれを聞いて「なんとナイーブな」と驚くが、やがて福田とともにOBサミットを主導するようになる。福田はナイーブなまでに、生涯を通じて自己の信念を貫いたのだと思う。

(小峰隆夫・大正大学教授)


 五百旗頭真(いおきべ・まこと) 1943年生まれ。著書に『米国の日本占領政策』など。

 井上正也(いのうえ・まさや) 1979年生まれ。著書に『日中国交正常化の政治史』など。

 上西朗夫(かみにし・あきお) 1939年生まれ。著書に『ブレーン政治』など。

 長瀬要石(ながせ・ようせき) 1938年生まれ。著書に『分水嶺に立つ日本経済』など。

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