教養・歴史書評

英米よりフランス! 常識を揺さぶる経済学の貢献度評価=評者・藤好陽太郎

『フランス経済学史教養講義 資本主義と社会主義の葛藤』 評者・藤好陽太郎

著者 橘木俊詔(京都大学名誉教授) 明石書店 2640円

フランス経済学の歴史的役割強調 英米以上に経済学に貴重な貢献

 経済学は英国のアダム・スミスら古典派に始まり、主に英語圏で発展してきた。フランスの国立研究機関に勤務経験もある著者は、フランス経済学こそ英米以上に経済学に貴重な貢献をした、と常識を揺さぶる。

 経済学の父、スミスは『国富論』で経済的自由主義の重要性を主張した。「神の見えざる手」に象徴されるレッセフェール(自由放任主義)の考え方は、ハイエクやフリードマンが新自由主義の経済思想として受け継ぎ、サッチャー英首相やレーガン米大統領、中曽根康弘首相によって支持され経済活性化につなげた。

 そのスミスはフランス経済学者から多くを学んだ。フランスの重農主義者、ケネーは穀物自由化を唱えたが、スミスはケネーから「自由放任主義の考え方を借用」したという。

『国富論』からさかのぼること80年、フランスのボワギルベールはすでに、人々が富を求め、自由な経済行動をすることを勧めていた。だが中世の神学は、欲望に忠実に生きることを異端とした。ボワギルベールの主張の背景には、神学者ピエール・ニコルが「生活上の欲望を満たす生き方は悪くない」とカトリック教会に反旗を翻したことがある。ルイ14世治下の蔵相コルベールの重商主義的な規制政策への批判でもあった。中世の教会と絶対王政の権威失墜と、経済学の勃興の関係が興味深い。

 空想的社会主義者、サン・シモンの存在感も大きい。後半生には産業人の社会を作るべく、株式会社と銀行、鉄道の重要性を説いたが、これを日本で実践したのが渋沢栄一だ。

 サン・シモンは、貴族の出身で、ナポレオンが軍学校にしたエリート校、ポリテクニクの教員とも交流を重ねた。その後、フランスはエリートによるディリジスム(国家主導主義)の道を歩む。今でも仏政府は自動車大手ルノーに15%出資しており、コロナ禍で航空大手エールフランスへの出資を約30%に高めた。

 サン・シモンはアメリカ独立戦争に参戦し、フランス革命では投獄された。投機で巨万の富を得て、破産を経験し、自殺も試みた。こうした人物描写も本書の魅力である。

 フランスはゲームの理論の先駆けを作ったクールノーや、一般均衡理論のワルラス、数理経済学者らを輩出した。ピケティは『21世紀の資本』で高資産保有者は一層富裕化すると、現代に格差問題を突き付けている。

 本書は底の深いフランス経済学へのオマージュであり、コロナ禍で格差と不平等が広がる現代社会を考えるヒントにも満ちている。一読をお薦めしたい。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


 橘木俊詔(たちばなき・としあき) 1943年生まれ、小樽商科大学卒業後、米ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程などを経て、京都大学教授、同志社大学教授を歴任。元日本経済学会会長。『フランス産エリートはなぜ凄いのか』『21世紀日本の格差』など著書多数。

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