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地球科学で読み解く、ドラマ「日本沈没」=京都大名誉教授・鎌田浩毅〈サンデー毎日〉

東京・新宿副都心の高層ビル群と富士山
東京・新宿副都心の高層ビル群と富士山

 激甚災害への警鐘を鳴らし続けた小松左京

 ドラマ「日本沈没」が盛り上がりをみせている。現実の世界でも12月3日、山梨県と和歌山県で震度5弱の地震が発生し、緊張が走った。複数のプレートがひしめく日本列島に生きる私たちは「動く大地」の上でどう生きるかを常に意識しておく必要がある。地球科学者の鎌田浩毅氏に「地球科学で読み解く日本沈没」を寄稿してもらった。

 TBS系ドラマの日曜劇場「日本沈没―希望のひと―」が評判です。地盤の大変動で日本列島が海に沈むという荒唐無稽(むけい)にも思われる設定ですが、10月7日には首都圏で最大震度5強の地震が観測され、20日には阿蘇山が噴火しました。現実とシンクロナイズしているようでもあり、視聴率もかなり好調です。

 ストーリーは私が専門とする地球科学そのものの現象で、ドラマも友人の地震学者が監修しています。よってドラマの背景を分かりやすく解説しつつ、現在の日本列島で起きつつある「本物」の地殻変動についてお伝えしたいと思います。

 ドラマのストーリー

 ドラマの舞台は2023年の東京から始まります。地震学者の田所博士(出演・香川照之)は地震データを見て「関東沈没説」を訴えます。彼は学界で異端児扱いされている優秀な学者ですが、地球物理学の権威である世良教授(國村隼)と対立しています。そして日本列島の至る所で地震が頻発し、人々の動揺が始まります。

 これに対して政府の「日本未来推進会議」に参加する環境省の天海啓示(あまみけいし)(小栗旬)と経産省の常盤紘一(松山ケンイチ)が、東山総理(仲村トオル)や副総理兼財務大臣の里城弦(石橋蓮司)を巻き込んで未曽有の危機に立ち向かっていきます。 役者の豪華な顔ぶれもさることながら、何千万人という人を避難させるプロセスには、巨大災害には慣れているはずの私も、手に汗を握りながら毎週見ています。

 ドラマの原作は20世紀を代表するSF作家の小松左京が1973年に発表した小説『日本沈没』です。刊行後に500万部を超えるミリオンセラーとなり、同年には映画化され900万人を動員しました。2006年に草彅剛と柴咲コウの主演で再び映画化され、20年にはNetflixでアニメ化されています。

 小松の原作はディザスター小説としてだけでなく、政治や社会や科学など多彩な観点からのさまざまな読み解きが可能な作品です。とりわけ地球科学的には小説で描かれた地震・噴火の巨大災害が、「大地変動の時代」に突入した日本列島で現実のものとなりつつあるのです。他にも世界中で喫緊の課題となっている地球温暖化問題が、今回ドラマの設定に活(い)かされています。

 日本沈没の原因は何か

 ここで日本沈没の原因について見てみましょう。ドラマでは地球温暖化によって海水面が上昇し、地下の岩盤にかかる力が変化して日本が沈没していきます。最初に関東が沈没し、次第に日本列島全体へ波及し、地震と噴火が頻発するのです。

 地球温暖化で海面が上昇する事実は、現実に進行していることです。具体的には、全球的な温暖化によって南極などの厚い氷床が解けると海面が上昇します。海水の量が増えて海の面積が広がると海水の重さで地殻はわずかに沈んでいきます。少しでも地球温暖化を防ごうと、世界各国で脱炭素とカーボンニュートラルの政策が進行中なのはご存じの通りです。

 しかし、海面上昇によって日本が沈没するというプロットは、現実には起こりません。21世紀末まで予想されている3㍍程度の海面上昇では、日本沈没を引き起こす力はありません。つまり、メカニズムのモデルとしては正しいのですが、実際に地球で起きている現象の数万倍も大きくしたらそうなるかもしれないというフィクションなのです。これまで制作された「日本沈没」の映画やドラマも、プロットは同様です。

 実は地球科学者としては、こうしたメカニズムが地球内部で起きていることを知ってもらうだけでも、価値のあることだと考えています。「エデュテインメント」という考え方ですが、娯楽として楽しみながら同時に勉強していただければ良いのです。

 さらに地震研究に命を捧(ささ)げている田所博士を通して、研究者の生き様がよく描かれていると思います。ボス教授との確執などは実際に垣間見ることがあるので、結構リアリティーがあります。こうした点も見どころではないでしょうか。

 地球科学的にはドラマは細かい点までよくできています。たとえば、海底で起きているスロースリップ地震を調べる「海底地震計」が映っていました。これは実際に使われている観測機器とまったく同じものです。

 また田所博士と世良教授が深海に潜って調査するシーンも、まさに潜水調査艇の室内さながらです。このように細部にわたり専門家を唸(うな)らせる工夫がしてあるのは、さすが日曜劇場のスタッフだと感心しました。

 総じて今回のドラマは、これまで制作された作品に勝るとも劣らない優れたエデュテインメントであると思います。むしろ現代の状況に合わせて映像表現が進化しつつあり、『日本沈没』はついに科学の「古典」になったのだなと、昔からのファンとしては感慨深いものがあります。

 スロースリップの重要性

 ドラマでは沈没の引き金となるスロースリップが何回も登場します。現実にも起きている現象なので、ドラマ制作者が地震学をしっかり勉強していることがよく分かります。

 我が国はフィリピン海プレートと太平洋プレートという厚い岩板がもぐり込む世界屈指の変動帯にあります。西日本の太平洋沖にある南海トラフでは、海のフィリピン海プレートが陸のユーラシアプレートの下に長期間もぐり込み続けています。

 2枚あるプレートの境目には、固着している部分とゆっくり滑る部分があります。この固着した領域が急に滑ることで、巨大地震や津波が発生してきました。

 一方、こうした境目が数日から数年かけてゆっくり滑る現象が時おり起きており、「スロースリップ」(ゆっくりすべり)と呼ばれています。その間はたまったひずみを少しずつ解放するので、大きな地震は発生しないのです。

 スロースリップは通常の地震計では捉えられませんが、地面のかすかな動き(地殻変動)に現れるためGPSで観測されています。20年ほど前、日本でスロースリップを示す地震波が発見されて以来、世界各地で確認されています。

 たとえば、10年前の東日本大震災では、スロースリップが本震の起きる2カ月ほど前から発生し、巨大地震の引き金となった可能性があるのです。また、近年地震が多発する千葉県の東方沖でも、スロースリップが発生した後に比較的大きな地震が起きています。

 いま問題になっている西日本沖の南海トラフでも、場所によって5~8㌢の地殻変動がゆっくり起きています。ちなみに、その下ではフィリピン海プレートが北西に向けてもぐり込んでいますが、スロースリップの動きはこれとは反対の方向です。

 気象庁は南海トラフの想定震源域で異常な動きを見つけると、専門家を招集して精査します。ここで巨大地震の引き金になると判断されれば、巨大地震の可能性が高まったことを伝える「南海トラフ地震臨時情報」が発表されます(鎌田浩毅『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書を参照)。

 私の友人の地震学者たちも田所博士のように、南海トラフ巨大地震が発生する地点と時期を特定することに全力を挙げています。実際にスロースリップはドラマで描かれたほど起きてはいないので、先ほど述べた通り、日本沈没は起きません。でもスロースリップの新知見が視聴者に伝わったことは、巨大地震に対する市民の減災につながるのでとても良かったと思います。

 「大地変動の時代」の日本列島

 ここまで、日本はドラマのようには沈没しないと解説しましたが、別の大事件が現実には進行中です。10年前に起きた東日本大震災以降、日本列島は地震や噴火が頻発する「大地変動の時代」に入ったからです。すなわち、地球科学的には日本沈没は起きませんが、社会・経済的な日本沈没が近未来に迫っているのです。

 一番懸念される災害は、巨大津波を伴う巨大地震、すなわち西日本の太平洋沿岸を襲う「南海トラフ巨大地震」です。東海地震・東南海地震・南海地震が連動するもので、首都圏から九州までの広範囲に甚大な被害を与えます。

 地震の規模を表すマグニチュードは9・1と予想され、東日本大震災とほぼ同じ大きさです。最大34㍍の巨大津波が、早い場合には数分で襲ってくるとされ、名古屋や大阪の低地に津波が押し寄せ、首都圏の超高層ビルも大きく揺れるでしょう。

 その結果、犠牲者の総数32万人、全壊する建物238万棟、津波によって浸水する面積約1000平方㌔㍍と予想されています。また経済的な被害総額は220兆円を超えると試算されています。東日本大震災の被害総額は20兆円ほどなので、その10倍以上に相当します。太平洋ベルト地帯の産業経済が大打撃を受けることは必至で、人口の半分近い6000万人が深刻な影響を受ける「西日本大震災」といっても過言ではありません。

 南海トラフ巨大地震を年月日の単位で「短期予知」することは、現在の地震学では不可能です。よって、過去に起きた地震の解析から2035年±5年ごろに起こると「長期予測」されているだけです(鎌田浩毅著『地震はなぜ起きる?』岩波ジュニアスタートブックスを参照)。つまり、2030年代に起きるという誤差を含めた「予測」までが最先端科学の限界なのです。

『日本沈没』を世に出して激甚災害への警鐘を鳴らした小松左京は2011年に亡くなりました。ちょうど今年が生誕90年で没後10年ですが、現在の状況を見たら何と言ったでしょうか。

 ドラマから何を学ぶか

 ドラマでは国家的危機の情報開示をめぐって、田所博士と東大の世良教授が対立しました。「関東沈没」をすぐ国民に伝えるべきだとする田所に対して、世良は人心を惑わせるだけだと反対します。世良の背後には経済をまず優先したい副総理の里城が控えており、妙にリアリティーがあるのです。

 そうこうしているうちに伊豆半島沖の島の沈没をきっかけとして関東が沈没しはじめますが、事態が急変する前に情報をどう伝えるかは実際にはとても難しいことです。気象庁から発表される「南海トラフ地震臨時情報」もまさに問題となっています。

 被害が最も大きいとされる高知県の住人の半数は、このシステムを「知らない」と県の意識調査で答えているのです。さらに地震に備えて食料を備蓄している人も3分の1に留(とど)まっており、危機感を持ってもらうのがいかに難しいかが浮き彫りになりました。

 これは今の私が抱える悩みでもあります。今年3月に24年間教授を務めた京都大を定年退職した後、レジリエンス実践ユニット特任教授として活動しています。今年度から始まった政府の「国土強靭化のための5か年加速化対策」(総額15兆円)に呼応するもので、南海トラフ巨大地震・首都直下地震・富士山噴火の減災をターゲットにしていますが、全国的に危機感がきわめて希薄なのです(鎌田浩毅『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書を参照)。

 自然災害は不意打ちを食らったときに被害が極大化します。もし何も準備せず手をこまねいていれば、甚大な被害が確実に発生するのです。その現実を何とか変えようと「科学の伝道師」を買って出たのですが、学者一人の力では如何(いかん)ともしがたいのも事実です。こうした中でドラマ「日本沈没」は、多くの人に危機意識を持ってもらうまたとない契機になったのではないかと思います。

 実際、「日本沈没」には社会に対する警鐘が随所に見られ、悲劇を最小限に減らすにはどうしたらよいかを考えさせてくれます。南海トラフ巨大地震では国や自治体からの助けがいつ来るか分かりません。ですから現実として、「自分の身は自分で守る」しかなくなるでしょう。

 確かに日本列島で起きつつある本物の地殻変動は、きわめて地味で分かりにくいものですが、地球科学的には待ったなしにやって来るのも事実です。地震と噴火は避けることができません。だからこそ起きることを前提に、災害に関する正確な知識を事前に持つことが大切なのです。このドラマをきっかけに、多くの人が近未来のリスクを理解し、生き延びる方策を各自で模索してほしいと思います。

かまた・ひろき

 1955年生まれ。地球科学者。東京大理学部卒業。4月より京都大レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。理学博士

「サンデー毎日12月19日号」表紙
「サンデー毎日12月19日号」表紙

 12月7日発売の「サンデー毎日12月19日号」には、他にも「来襲!オミクロン株の正体 10の新事実」「2022年4月から制度激変! 人生100年時代の年金の『新』常識」「秋篠宮さま記者会見に思う 『誤報』への反論より対話を」などの記事が掲載されています。

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