『20世紀知的急進主義の軌跡 初期フランクフルト学派の社会科学者たち』=評者・服部茂幸
『20世紀知的急進主義の軌跡 初期フランクフルト学派の社会科学者たち』 評者・服部茂幸
著者 八木紀一郎(京都大学名誉教授) みすず書房 4950円
現代社会にも問いを投げかける知的群像5人の評伝
20世紀の思想を語る上でフランクフルト学派は欠かすことのできない存在だろう。このフランクフルト学派の母体となったのが、第一次大戦後にマルクス主義を研究するために作られた社会研究所である。しかし、彼らはコミンテルンから異端とされ、排除されるとともに、彼ら自身もソ連に幻滅するようになっていく。加えて、ヒトラー政権誕生後は、研究所自体がニューヨークに亡命する。研究者の多くはユダヤ人でもあった。
本書で評伝を記する5人のうち、理論家として著者が評価するのがフリートリッヒ・ポロックとカール・A・ウィットフォーゲルである。
1929年、エーリッヒ・フロムはアンケート調査によって、社会主義運動の基礎となるはずの労働者階級において権威主義的な考え方が浸透していることを見いだした。
フロムの研究を踏まえ、現代が権威主義国家の時代であると考え、それと対抗する批判理論を打ち出したのがマックス・ホルクハイマーである。さらに、ホルクハイマーの親友ポロックは国家資本主義論によって、権威主義国家を裏づける。
ポロックはナチス国家も国家資本主義の一つだとした。そしてナチスの体制には内部からの崩壊の契機がないと考えていた。これを批判したのが、ナチス国家を分析した著書『ビヒモス』で知られるフランツ・ノイマンである。ノイマンは国家資本主義という概念自体が矛盾と言う。
著者はナチスの支配機構の解明という点ではノイマンの方が優れていると言う。しかし、国家資本主義という概念はアメリカのニューディール体制やソ連にも使える概念であることを評価する。実際、この概念は今の中国などにも使えるだろう。
他方、中国の研究家であり、アジア的生産様式論を展開したのがウィットフォーゲルである。このアジア的生産様式論は、マルクス自身にその起源を持つ。しかし、単線的な発展構図を抱いていたコミンテルンの考え方とは相いれず、異端として批判された。
ウィットフォーゲルも、その後は官僚による専制的な支配がアジア社会の特質であると考えるようになる。それだけでなく、ソ連の共産主義もまたこうしたアジア的専制に陥っていると考え、反共主義に転じた。
現在は、権威主義が台頭する一方で、東アジアやイスラム圏など非欧米圏の影響力が増している時代である。第二次大戦前の彼らが注目した問題は今なお社会科学にとって新しい問題だと言える。
(服部茂幸・同志社大学教授)
八木紀一郎(やぎ・きいちろう) 1947年生まれ。東京大学文学部社会学科卒。経済学博士。社会経済学、経済学史、思想史が専門。著書に『国境を越える市民社会 地域に根ざす市民社会』『社会経済学』などがある。