「火山」としての富士山/3 北西─南東に広がる「側火口」/78
富士山には山頂のほかに100ほどの火口がある。将来の噴火予測では、このうちどこから噴火するかが大変重要である。それには過去の噴火履歴の情報が参考になる。2200年前までの富士山は、山頂火口からマグマを噴出した。ところが、それ以後は現在まで山腹の噴火しか起きていない。これらは「側火口」と呼ばれ、北西─南東の方向に散らばっている。
例えば、南東側には1707年に江戸まで火山灰を降らせた直径1・3キロの「宝永火口」がある。一方、北西側には平安時代に青木ケ原溶岩を流出した火口がたくさんある。こうした火口の分布は偶然できたものではなく、地下の状態を反映している。それを理解するには地下からマグマがどのように上がってくるかを考えればよい。
富士山の地下約20キロにはマグマがたまっている場所があり、「マグマだまり」という。その上に噴火の際にマグマが通る「火道」がある。山頂火口の火道は、垂直に延びたストローのような管である。また、マグマだまりと山頂をつなぐメインの火道から横に、板のようなサブの火道が放射状に付いている。
ちょうど水車の羽根板のように板状の火道が広がっているが、この火道が地上にぶつかったところに側火口ができ、その上に「側火山」が作られる(図)。板状の火道の長さは均一ではない。方向によって長かったり短かったりする。富士山では一番長い羽根が北西と南東に来ている。
プレートの進行方向
では、山頂火口と側火口の違いは何であろうか。噴き出た場所が違うという地理的な差異とは別に、もっと本質的な意味がある。山頂火口は山の中央にあるから中心火口ともいわれる。ここを中心として円すい状の高い山ができている。
例えば、砂を平らな場所に降らせていけば円すい形の砂山になる。つまり、山頂火口とは物質が最もたくさん地上に出て、周囲よりも高い山をつくった場所なのである。言い換えれば、同じ火道を何回も使用してマグマが上昇してきた最も使用頻度の高いマグマの通路なのだ。
これに対して側火口は、火道として繰り返し使われることはあまりない。一度使われると、次にマグマが上がるときには別の場所を破って地上に出てくる。このために側火口は山頂火口の周りに散らばっている。しかし、側火口はまったくランダムにできるのではなく、富士山では北西─南東方向に偏って存在する。これは地下深部でその方向に割れ目ができやすいことを意味している。
実は、この方向は、富士山を含む関東南部の地下で沈み込んでいる「フィリピン海プレート」と呼ばれる厚い岩板の進む方向である。すなわち、この方向に力が加わってできた北西─南東方向の割れ目を利用して、マグマが地上まで上昇した。したがって、近い将来も北西または南東の山腹から噴火する可能性が高いと火山学者は予測している。
次回は、北西側の側火口から噴火した平安時代の貞観(じょうがん)噴火について解説しよう。
■人物略歴
かまた・ひろき
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。専門は火山学、地質学、地球変動学。「科学の伝道師」を自任。理学博士。