三菱商事「新社長に中西氏」は順当人事 むしろ社内をざわつかせるのは副社長人事 候補に挙がる常務2人
三菱商事は12月17日、垣内威彦(たけひこ)社長が退任し、後任に中西勝也常務執行役員が昇格する人事を発表した。垣内社長は代表権のある会長に、小林健会長は相談役に就く。いずれも4月1日付け。なお、垣内次期会長は6月の株主総会の後、代表権のない会長となる予定。
中西氏は現在、海外電力事業や再生エネルギー案件などを手掛ける「電力ソリューショングループ」のCEO(最高経営責任者)を務める。発電機の輸出や発電所運営を手掛けるなど、電力畑を歩んできた。
三菱商事は、脱炭素を商機ととらえて、2020年には再エネを手掛ける蘭エネルギー企業「エネコ」を中部電力と共に約5000億円(三菱商事の出資は3900億円)で買収した。
21年10月には、30年までに脱炭素関連に2兆円を投じる方針を発表した。中西次期社長は電力分野に精通しており、脱炭素ビジネス展開の陣頭指揮を執ることが期待される。
決定時期、人選とも順当
現職の垣内社長は16年4月に就任した。同社の社長は過去、6年で交代しており、22年4月での社長交代が確実視されていた。
今回の社長人事の候補者として他の常務も取り沙汰されたが、中西氏は2年ほど前から有力候補の呼び声が高かった。
今回の社長人事は、時期・人選とも順当なものだった。むしろ、三菱商事内外で注目を集めるのは、後述するように副社長ポストが復活するのか、だ。
副社長人事に触れる前に、現職の垣内氏の6年間を振り返りたい。
就任3年目の19年3月期最終(当期)利益は、金属資源事業の好調もあり、商社業界過去最高の5907億円だった。
社長としての最終年度である22年3月期最終利益予想は、これをはるかにしのぐ7400億円で、有終の美を飾る。
サケマス養殖事業など食品産業部門も伸びたが、原料炭(製鉄用石炭)、LNG(液化天然ガス)など資源事業の寄与が大きい。
垣内社長の功績は「資産入れ替え加速」
ただ、垣内氏の功績は、資源高を追い風とした最高益更新よりは、事業・資産の入れ替えを加速したことにある。
商社は、事業に投資して経営に携わったり、不動産など資産に投資して運用に携わることで、出資比率に応じて利益を取り込む。
ビジネスモデルの陳腐化などで収益性が悪化した資産・事業は売却することが基本路線だが、三菱商事を含めて商社には取引先との関係や過去のしがらみから実行できないケースも散見された。
そこで垣内社長は、各事業グループ内で新たな投融資を実行するには、低収益の事業を手放すことを徹底し、「買い物」一辺倒の是正を求めた。
現中期経営戦略(19~21年度)でも、資産の入れ替えを「意識的に回す」と明記した。
資源部門を中心に現有資産を売却することには反発が起きたが、垣内社長は手を緩めず、一定の成果を出した。
入れ替えのうち、エグジット(売却・撤退)では、商社の中でも比較的早く一般炭(発電用石炭)開発事業の売却に動き、19年までに完全撤退した。
その後、世界中で石炭火力発電への批判が高まり関連事業の資産価値がそがれたことを考慮すると、賢明な判断であった。
エネコ、銅鉱山事業で攻めの投資
入れ替えのもう一つの側面である新規投融資はどうだったのだろうか。
垣内体制では、各事業グループ内での投融資残高を一定にすることを基本姿勢とするものの、優良な大型投資については、グループの予算規模以上になったとしても了承された。
エネコや、12年に出資参画したペルーの銅鉱山「ケジャベコ」への追加出資(約550億円、18年実施)などはその代表例だ。再エネも銅も脱炭素時代の収益源として期待される。
ただ、評価が定まっていない投融資もある。17年に1440億円をかけて子会社化したローソンは、21年3月期には新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり836億円の減損に追い込まれた。
三菱商事とローソンの相乗効果についても、評価が分かれている。
ローソンへの投資に限らず、垣内社長が実行した施策には賛否両論がある。
こうした施策をどこまで引き継ぐのかは、中西次期体制の課題となるだろう。以下、焦点を挙げたい。
組織再編、「事業系・市況系」分類には課題
まず、組織編成だ。垣内社長は19年4月、7事業グループを現在の10グループに大胆に再編した。
例えば、産業機械からプラント、インフラ、船舶、宇宙まで幅広く扱う「地球環境・インフラ事業グループ」から、電力関連に特化した「電力ソリューショングループ」を切り出すなど、次世代を見据えた事業グループも誕生した。
一方で、鉄鋼製品や特定の機能・用途を持つ機能化学品を一つにまとめた「総合素材グループ」については、「扱う製品の方向性の違いが大きすぎる」との声が社内外から聞こえる。
他のグループでも機能と組織のミスマッチがいくつか指摘されている。
リスクに応じた事業分類にも社内外から疑問が出ている。
従来、アナリストや報道機関は商社の事業を「資源」「非資源」で分けていたが、商社首脳の中には「資源・非資源という分類では商社の事業特性を語りきれない」として他の分類を模索する動きがある。
垣内社長もその1人で、17年、市況の影響を受けにくい「事業系」、大きく受ける「市況系」の分類を導入した。
しかし、21年3月期に市況悪化から大幅減益となったLNG事業の一部が「事業系」に含まれるなど、分類が分かりにくいという批判は絶えなかった。
かつては補佐役の名副社長が
以上の組織編成や事業の分類以上に社内をざわつかせるのは、経営体制だ。具体的に言えば、中西次期社長が、空席の副社長ポストを復活させるのか、だ。
三菱商事は伝統的に、社長補佐とも言える名副社長がいた。
佐々木幹夫社長時代(1998~2004年)における古川洽次氏、小島順彦(よりひこ)社長時代(04~10年)における上野征夫氏らだ。
個別事業を所管する常務と異なり、副社長は商社の幅広い事業分野を高所から俯瞰し、三菱商事全体の資金繰りを考慮する思考回路を持ち合わせていた。
経営層に挙がってくる検討事項を副社長段階で次々とさばいていた「番頭」のような存在であったとされる。社長より年次が上の「良き助言役」を期待された副社長もいた。
日本郵便会長、NHK会長も輩出
三菱商事の副社長は財界の有力な人材源ともなっている。
古川氏は三菱商事副社長を務めた後、2004年に度重なるリコール隠しで揺れていたグループ会社の三菱自動車副会長に就任し、事態の収拾に当たった。
その後三菱商事グループから離れてゆうちょ銀行会長や日本郵便会長なども務めた。
小林健社長時代(2010~16年)に副社長を務めた上田良一氏も、退職後、NHK経営委員、NHK会長を務めた。
垣内社長時代に副社長は空席に
副社長は、垣内社長の前任の小林社長初期には4人いたが、垣内体制発足時には田辺栄一氏1人になっていた。
そして、17年度に田辺氏が退任すると補充せず、現在まで空席が続く。
18年度以降は垣内社長以下、十数人の常務執行役員、三十数人の執行役員が並び、常務執行役員の中で数人が一段格上の「代表取締役」に選ばれるという体制が続いていた。
三菱商事の事業規模からすれば、事業・資金繰りを全社横断で見られるような副社長を置いた方が良い、という意見もあった。
ただ、「18年度以降は、副社長の役割を増一行CFO(最高財務責任者、代表取締役常務執行役員)が担っていた」との見方もある。
では、中西次期社長体制で副社長は復活するのであろうか。中西次期社長は滑り出しの1~2年は会社の経営全体を俯瞰できる人物を補佐にする可能性もある。
副社長有力候補は2人の常務
その場合、最有力とされるのは増氏だ。CFOを垣内社長就任時から6年務めており、体制刷新で、同ポストを後進に譲り副社長に昇格することが考えられる。
複合都市開発グループCEOを務める鴨脚光眞常務執行役員の名前も挙がる。
個別事業ではなく会社全体を司る「コーポレート」部門でリスク管理や投融資決定に携わった経験があり、全社の利益になるかという視点で判断できる知見があるからだ。
増氏も鴨脚氏も中西次期社長より年次が上で、年上の助言者となりうる。
副社長復活の有無を含む役員人事は1月下旬にも決定するとみられる。(種市房子・編集部)