「皇位継承問題」たなざらし 政治は議論を避けるな 社会学的皇室ウォッチング!/18=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉
岸田文雄首相は1月12日、安定的な皇位継承を議論する有識者会議(座長=清家篤・元慶應義塾長)の最終答申に沿った報告書を国会に提出した。だが、これから国会で活発な審議が展開するわけではない。自民党を中心とした与党は、今夏の参院選前の議論には及び腰であるためだ。報告は事実上、たなざらしになる公算が大きい。
これまで何度か触れたとおり、最終答申は、(1)女性皇族が結婚後も皇室に残る案(2)旧宮家の男系男子が養子として皇籍復帰する案――の2案を軸とした。以下、「女性皇族残留案」「旧宮家復帰案」と呼ぶ。
NHKが1月8~10日、全国2150人を対象に実施した世論調査によると(回答1219人)、「女性皇族残留案」については賛成65%、反対18%だった。
一方、「旧宮家復帰案」については、賛成41%、反対37%だった。他の報道機関の調査が出そろわないと分析しづらいが、少なくとも世論は分裂している。
立憲民主党は、新たに「安定的な皇位継承に関する検討委員会」(委員長=野田佳彦・元首相)を立ち上げ、1月14日に初会合を開いた。馬淵澄夫・国会対策委員長は、報告書の内容について「皇位の安定継承について事実上の白紙回答だ」と批判し、党としての考えをまとめる方針を示した。
委員長となった野田元首相は2012年、「女性皇族残留案」を含んだ論点整理をまとめた自負がある。政権交代で、論点整理自体がお蔵入りした。野田元首相には、その間に女性皇族が減少してしまった事態に対し忸怩(じくじ)たる思いがあり、立憲民主党にはこの問題をテコに与党を揺さぶりたい戦略もあるだろう。
一方の自民党は、皇室問題が政局となる事態を避けたいという気持ちがある。党内には河野太郎氏のように過去において女系天皇を容認する発言をした議員もいる。茂木敏充・幹事長は、「事柄の性格上、静かな環境の下で物事を進めていく必要がある」と述べた(1月12日)。野党が攻勢に出ることへの牽制(けんせい)である。
時間稼ぎで女系封じ込め
日本の皇位継承と関連し、注目したい記事に『東京新聞』『中日新聞』の新年紙面がある。「世界の王位継承者たち」と題し、欧州で国王を持つ主な7カ国の次世代の継承者を紹介した。
記事によると、スウェーデンのビクトリア皇太子(44)、ベルギーのエリザベート王女(20)、オランダのアマリア王女(18)、スペインのレオノール王女(16)と、4カ国で継承順位第1位が女性である。さらに、スウェーデンでは次々代の継承者、エステル王女(9)も女性であって、2代連続で女王が出現する見通しである。欧州では、将来、半数以上の王国が女王をいただく国となる可能性が大きいのだ。
欧州各国が、継承者を男女問わず第一子と変更したのはそう昔のことではない。最近では2009年にデンマーク、11年にルクセンブルク、13年に英国が、継承ルールを変更している。欧州で、今も男性しか継承できないのは、小国リヒテンシュタインだけだ。
日本でも、小泉純一郎政権下の05年11月、皇室典範に関する有識者会議が、女系天皇容認、第一子優先の報告書を発表した。皇室典範が改正され、世界の大勢に沿う変革が行われる流れであった。それが止まったのは、秋篠宮紀子妃の懐妊が明らかになり(06年2月)、のち悠仁親王が誕生したためだ。
小泉政権下の有識者会議の報告書には次のようにあった。
「戦後の民法の改正により、婚姻の際に女性が男性の家に入る制度や長男が単独で家督を相続する制度が廃止され、現実にも両性の合意による婚姻という観念や相続において長男を特別な存在とはみなさない考え方が広く浸透するなど、男性中心の家族観は大きく変わってきた。家の観念そのものも、男性の血筋で代々継承されるべきものというよりも、生活を共にする家族の集まりととらえる方向へと変化してきている」
社会の変化のもと、女系天皇を積極的に受け入れる素地ができていると明記されているのだ。
欧州では半数が女王に
ところが、昨年12月に最終答申を出した菅・岸田政権下の有識者会議は、過去の検討を無視した。安倍元首相をはじめとする自民党保守派に配慮したためだ。
最終答申は形式上、(1)(2)を並べた。両論併記にも見える。しかし、「元宮家復帰案」を含む最終答申は、女性宮家と女系天皇をつぶすための案である。
自民党は参院選を名目に議論を先送りにする。しかし、参院選後も議論を避けるはずだ。
男系維持派の当面の目標は、「静かな環境」のなかで、(1)(2)を同時に実現することだ。「女性皇族残留案」「旧宮家復帰案」の双方はそもそも、皇族数の確保だけを目的とする。だから、女性皇族にも、旧宮家から復帰した男系男子にも、当面の皇位継承権は持たせない。(1)(2)を同時に実現すれば、女系派(野党)の意見も取り入れたという形を取れる。
しかし、将来的には、女性皇族の子孫には継承権を認めず、旧宮家の男系男子の子孫には継承権を認めるという「決定」を目指すはずだ。女系天皇を認めないための代案が「旧宮家復帰案」なのだから、当然の目標である。
そうだからこそ、男系維持派(自民党保守派)はいま議論をしたくない。「静かな環境」のなかで、有識者会議の最終答申をそのまま実現したい。
しかし、ジェンダー平等が目指すべき目標であるこの国で、女系天皇をつぶすための案を、国民が受け入れるだろうか。「神武天皇の血統」を引いているというだけで、どういう人かよく分からない旧宮家の復帰を、認めるだろうか。懐疑的にならざるを得ない。
すなわち、男系に固執すればするほど、決めることが難しくなるのだ。
男系維持派(自民党保守派)は時間稼ぎによって、女系天皇論を封じ込めようとする。その男系維持派によって、皇室がなくなるという危機がますます深くなる。現実の皇族の苦悩がより大きくなっている。憂うべき事態ではないか。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮社)、『近代皇室の社会史―側室・育児・恋愛』(吉川弘文館)など