資源・エネルギー鎌田浩毅の役に立つ地学

人類は地球史を変えたのか――「人新世」が投げかける問いとは=鎌田浩毅

「地質時代」を探る/3 「人新世」が投げかける問い/83

 人類の活動は、地球46億年の歴史上に大きな痕跡を残しつつある。イスラエルの研究者らが2020年12月、英科学誌『ネイチャー』で発表した論文によれば、同年のコンクリートや金属など人工物の総重量は1兆トンを超え、全生物の総重量を上回ったようだ。人工物の総重量は20世紀初め、生物の総重量の3%に過ぎなかったが、40年代には現在の2倍になるとも予測される。

 長い地球の歴史の中で、人間の活動が大きな影響を与えてきた時代を、「人新世(じんしんせい)」と命名しようという議論が、地質学の国際組織「国際地質科学連合」で行われている。人新世(Anthropocene=アントロポセン)は、オゾン層破壊の研究で1995年にノーベル化学賞を受賞したオランダのパウル・クルッツェン博士(21年1月に死去)が00年ごろに提唱した。

 なぜ今、「人新世」なのか。地球の歴史を地質によって区分する「地質時代」の中で、現在は哺乳類が栄え始めた6600万年前からの「新生代」のうち、人類の時代となった258万年前以降の「第四紀」にあたる。その第四紀のうち、最終の氷期が終わった1万1700年前から続く「完新世」に含まれている。この完新世の中でも、産業革命以後の約200年間に人類がもたらした影響はあまりに大きいという問題意識である。

人類の大きな影響

 事実、世界の人口は19世紀末の4倍を超えて70億人に達し、森林伐採による動植物の絶滅や、プラスチック、コンクリートの残存といった形で地球環境に大きな影響を及ぼしている。人新世の開始時期にはさまざまな議論があり、約8000年前の農耕開始や産業革命が起きた18世紀とする意見もあるが、第二次世界大戦後に核実験が本格化した1950年前後も有力だ。

 国際地質科学連合で09年から始まった人新世の議論だが、実は人新世と認定されるには、岩石層に刻まれた完新世と人新世との境界線をはっきりと定義できる科学的な証拠を積み上げなければならない。「代」「紀」「世」と分けられる地質時代の区分は、化石として出土する生物種の違いなど地層に残された証拠で決められている。

 もし、国際地質科学連合が人新世を新たな地質時代と認めれば、環境破壊への警鐘につながることは確かだろう。現在では4段階審査の最初の議論にとどまっており、最終決定までには数年以上を要するだろうが、決定が先に延びるほど人新世への突入を示す証拠が増える可能性もある。

 提唱者のクルッツェン博士は「人新世」という概念を通じて、人間活動が地球にどのような影響を及ぼしてきたかを自覚してほしいと発言してきた。現在では経済思想や科学技術の分野でも注目を集める言葉になっている。我々はこの地球とどう関わっていくべきなのか、重く大きな問いを投げかけている。


 ■人物略歴

かまた・ひろき

 京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。専門は火山学、地質学、地球変動学。「科学の伝道師」を自任。理学博士。

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