西欧を主導するか脇役になるか。価値創出と転換でドイツの歴史を読む=評者・服部茂幸
『ドイツ・ナショナリズム 「普遍」対「固有」の二千年史』 評者・服部茂幸
著者 今野元(愛知県立大学教授) 中公新書 1056円
英仏への「恭順」から一転 新秩序創出への相克の歩み
第二次世界大戦後のドイツは、国際政治の舞台では腰の低い脇役に甘んじてきた(これは我が日本も同じである)。EU(欧州連合)の政治統合も多くの局面でフランスが主導した。ところが、ユーロ危機によってドイツはEUの中心的存在となる。もっとも、南の諸国に緊縮財政を押しつけたことは、南の諸国だけでなくヨーロッパと世界にとって有害だったと評者は考えている。
このドイツのナショナリズムの歴史を西欧の普遍的な価値とドイツ固有の価値の相克の歴史として論じたのが、本書である。
ドイツは産業革命にも、近代国家の形成と民主主義の確立にも英仏に後れを取った。だから、近代ドイツの歴史は、一方では英仏の「普遍」に追いつこうとする歴史だった。
けれども、「普遍」の秩序は階層的な秩序である。秩序を体現しているとされる国は別格の存在となることが許され、植民地支配や人種差別があってもあまり問題とされない。しかし、そうでない国は劣った存在として扱われる。だから、ドイツは他方で、「普遍」の秩序に反発し、「固有」の価値を訴えた(これも日本と同じである)。
しかし、第二次大戦の敗戦を受けて、ドイツは西欧の「普遍」にひたすら恭順する(我が日本は「普遍」には必ずしも恭順していないが、アメリカにはひたすら恭順している)。もっとも、ある時期までは、東西ドイツともにナチスやホロコースト関係者への追及はそれほど厳しくはなかった。しかし、既成秩序に反抗して大規模なデモなどの運動を起こした1968年世代が登場すると、それら悪しき「固有」は弾劾された。
そして、こうした「普遍」への恭順が逆にドイツ・ナショナリズムを復興させたと論じるのが本書である。今ではドイツは「普遍」を他に押しつける側に回ったのである。さらに、ドイツは「環境」という新しい「普遍」を創出したとも言う。本書はドイツの左翼の中心は緑の党であり、メルケル政権も近いうちに誕生するSPD(社会民主党)との「緑赤政権」の一里塚にすぎないと言う(今は自由民主党も加えた赤緑黄政権であるが、首相は社民党である)。
さて、経済の停滞と中国の台頭により、国際的な地位が低下しているのが我が日本である。そうした中で、本書の後記にあるように、皇位継承の儀式など日本「固有」の価値の復権が起きている。敗戦とその後の経済復興まではドイツと軌を一にしていたが、その後の歩みは大きく分かれてしまったようである。
(服部茂幸・同志社大学教授)
今野元(こんの・はじめ) 1973年生まれ。ベルリン大学第一哲学部歴史学科修了。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。専門は欧州国際政治史。著書に『マックス・ヴェーバー 主体的人間の悲喜劇』など。