新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

国際・政治 東奔政走

辣腕エマニュエル駐日大使は味方に付ければ百人力=及川正也

第100代首相にちなんだ背番号入りのユニホームを岸田文雄首相(右)にプレゼントするエマニュエル駐日大使(左)
第100代首相にちなんだ背番号入りのユニホームを岸田文雄首相(右)にプレゼントするエマニュエル駐日大使(左)

味方につければ百人力 辣腕エマニュエル駐日大使=及川正也

 新しい駐日米大使のラーム・エマニュエル氏(62)が1月23日に着任した。クリントン政権で上級顧問を務め、下院議員を経てオバマ元大統領の首席補佐官、シカゴ市長を務めた民主党の実力政治家だ。その辣腕(らつわん)ぶりは、就任のあいさつを兼ねて着任早々に公開したビデオメッセージからもうかがえる。

「独裁者や懐疑主義者による強権的な活動は日米同盟が推進するルールに基づいた民主主義秩序を常に脅かしています。この価値観を損なういかなる挑戦や敵対者にも決してひるむことはありません。これからの3年間の日米の協力が、今後30年間の両国の立ち位置を決定するものになります。さあ、仕事に取り掛かりましょう」

「民主主義と専制主義の競争」というバイデン米政権の世界観をさっそく持ち出し、中国やロシアなどの挑戦に受けて立つ姿勢を鮮明に打ち出した。「私は臆病ではない(not shy)」と自己紹介したうえで、挑戦や敵対者から「逃げない(not shy away)」と同じ表現で重ね合わせるレトリックは、毅然(きぜん)とした態度を示す効果がある。

 2月7日の北方領土の日には、ロシアとの返還交渉が行き詰まる中、「日本を支持している」とツイッターで発信し、同12日には中国を念頭に置いたバイデン政権の「インド太平洋戦略」について「この重要な地域における米国のプレゼンスのための青写真であり、日米同盟という基盤の上に構築されるものだ」とする声明を発表した。

バイデン氏との太いパイプ

 そんなエマニュエル氏を日本政府はことのほか歓迎している。期待するのは、バイデン米大統領との太いパイプだ。政府関係者によると、着任直前に開催された岸田文雄首相との日米首脳会談(テレビ会議形式)では、バイデン氏が同席したエマニュエル氏を、あれこれエピソードを交えながら「旧知の友人」と紹介し、場を和ませたという。「対面会談ができないのであれば、テレビ会談を早急にやるべきだ、とバイデン氏にねじこんだのが、エマニュエル氏だった」と明かす。

 両氏の関係は、バイデン氏が上院議員だった1994年、同氏が提出した女性に対する暴力禁止法をともに推進したことがきっかけだったという。当時、エマニュエル氏はクリントン大統領の上級顧問だった。エマニュエル氏の父親が2020年大統領選中に逝去した際、まっさきに弔意を伝えたのはバイデン氏だった。

 来日するなり政財官界の有力者を訪ねまわっている。岸田首相、林芳正外相ら政府・与党幹部はもとより、国家安全保障会議(NSC)幹部や駐米大使経験者らとも会談を重ね、「日米間の重要トピックをめぐる意見交換から、どの政治家と会ったらいいかといったアドバイスまで受けている」(日米外交筋)という。当意即妙のジョークで人々を魅了し、自身の政治信条も臆することなく語って議論を楽しむ。「また会いたくなる魅力的な人だ」という声が、面会した人たちの口からもれる。

 関係者によると、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席に対する評価は辛口で、「日本と緊密に連携しながら、対応していきたい」と話しているという。エマニュエル氏は「今後3年」が国際秩序の行方を決める岐路になると繰り返し話している。おそらく「3年」は自身の任期と重ね合わせているのだろう。

 日本との連携をどう進めるか。国民の間に分け入って、市民レベルでの協力も進めたいという意欲もあるようだ。2月17日には神奈川県の米海軍横須賀基地を訪問した際、私鉄の京浜急行電鉄を利用して移動し、周囲を驚かせた。公式ツイッターには「日本が誇る鉄道システムはまさに世界トップクラス」と書き込んだ。

外交の主舞台が東京に

 自己アピールはお手の物だという。シカゴ市長当時、シカゴの消防署を舞台とする人気ドラマシリーズに現職市長の役で出演し、米国のエンターテインメント界でも話題になった。演技力は本職の俳優からも「自然だった」と太鼓判を押されたという。全米第3位の大都市だが、犯罪が多く、治安に取り組む市の宣伝役も務めた。

 エマニュエル氏は米政界でも異色の存在として知られる。オバマ氏は回顧録で「非常に野心的で、目標に向かって熱狂的かつ徹底的に仕事に打ち込む」とする一方、「愉快で繊細で慎重で誠実なうえに、言葉遣いの汚さでも有名だった」と記している。とりわけ、オバマ大統領の中核的な公約だった医療保険改革法(オバマケア)をめぐっては、共和党議員の取り込みや妥協点の模索といった裏方仕事に尽力し、ときには相手をけん制しながら成立に導いた手腕は党派を超えて高く評価されている。

 そんなエマニュエル氏をオバマ氏は「アンファン・テリブル」(手に負えない子供)と表現する。仏文学者ジャン・コクトーの小説『恐るべき子供たち』(Les Enfants Terribles)に由来するフランス語だ。政治の世界では、「味方につければ百人力だが、敵に回すとやっかいな相手」という含意になるという。外務省関係者は「日米交渉のキーパーソンは間違いなくエマニュエル氏になる。今後はワシントンより東京が主舞台になる」と語る。どう味方につけるか。外交当局の手腕の見せどころだ。

(及川正也・毎日新聞専門編集委員)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事