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《最新特集》持続可能性で大注目、航空燃料・SAF 課題はコストと供給量=近内健

航空燃料・SAF 持続可能な燃料として注目 ユーグレナ、IHI、三菱パワー=近内健

 2050年のネットゼロ(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)を目指す動きが航空業界でも加速する中、「持続可能な航空燃料(SAF(サフ))」と呼ばれるバイオジェット燃料の開発が進んでいる。(グリーン素材・技術 特集はこちら)

 昨年9月には世界の航空会社、燃料サプライヤーなど60社が、30年までに世界のジェット燃料供給量に占めるSAFの割合を10%に引き上げることを目指す「2030 Ambition Statement」に署名した。

電気で難しいことが可能

 電気自動車(EV)が世間をにぎわせ、水素が次世代燃料として注目を浴びる中で、なぜ電気や水素ではないのか。それはジェット燃料の物理的特性に由来するところが大きい。同燃料の主成分はケロシンと呼ばれる炭化水素(炭素原子と水素原子からなる化合物)であるが、ケロシンの重量エネルギー密度はリチウムイオン電池の50倍以上高い。これは、ジェット燃料20トンを代替するにはリチウムイオン電池1000トン以上を搭載する必要があることを意味する。

 一方、水素は重量エネルギー密度ではケロシンを上回るものの、体積エネルギー密度はケロシンが液体水素の4倍程度。つまり、液体水素で代替する場合、ケロシンの4倍の燃料搭載のスペースを必要とする。そうなれば、客室や貨物室のスペースが制限されるといった問題が生じてしまう。

 また、電気や水素を使う場合はインフラ整備などが必要になる一方、SAFは既存のジェット燃料と混合可能なため、導入のハードルは低い。こうした事情もあり少なくとも大型かつ長距離の航空輸送においては当面の間、SAFが脱炭素化において重要な役割を果たすことは間違いない。

 SAFを含む代替燃料が民間航空機で使用されるためには、非石油由来ジェット燃料の国際規格(ASTM D7566)に準拠して製造される必要がある。同規格では、現在、代替燃料を製造するための七つのプロセス(Annex1~7)が承認されている(表)。いずれも従来のジェット燃料とは異なる原料が使用される。

 七つの製造プロセスによる代替燃料のうち、現時点で先行しているのが油脂類を原料とするAnnex2の「HEFA-SPK」だ。製造プロセスは技術的に成熟しており、スケールアップも容易で、製造コストも現時点では他の製法に比べて低いことから、現在はSAFの中でHEFA−SPKのみが商業的な規模で生産されている。

 今後数年の間に立ち上げが計画されているプラントもほとんどがHEFA−SPKだ。中でもフィンランド再生可能エネルギー大手ネステは22年から23年にかけてシンガポールおよび蘭ロッテルダムでの生産を開始し、生産能力を年間150万トンまで増強する。

 HEFA−SPKが技術的に成熟していて、かつ低コストであれば、それ以外のSAFは必要ない、と考えるのは短絡的だ。低コストといっても、現時点で他のSAFに比べて低いだけで、従来のジェット燃料との比較では2~3倍程度にもなる。

 HEFA−SPKのコストのうち、割合が大きいのは原料コストだ。コストや炭素強度などの観点からは廃食油の利用が望まれるが、廃食油を含む油脂はジェット燃料のみならずバイオディーゼルや再生可能ディーゼルの原料にも用いられることから、当面は取り合いが続くことが予想される。価格は既に上昇基調にあり、昨年1年間だけで2倍程度に上昇した。

 廃食油の調達がHEFA−SPK製造における重要なポイントとなる中で、新たなパートナーシップも生まれている。21年8月、コスモ石油、日揮ホールディングスは廃食油の回収ネットワークを有するレボインターナショナルなどと共同で、廃食油由来のSAFの商業生産を25年ごろまでに目指すことを発表した。

 油脂が取り合いになっている状況において、原料の観点から期待されるのがAnnex1の「FT−SPK」だ。原料を合成ガスに変換した後に複数の工程を経て製造されるが、原料となる有機物には木材や農業・森林ごみのようなバイオマスに加え、都市廃棄物(MSW)を使用することもできる。JAL、丸紅および海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が出資する米フルクラムは米ネバダ州において、原料にMSWを使用する初の商用プラントを建設した。また、三菱パワー、JERA、東洋エンジニアリングおよび宇宙航空研究開発機構(JAXA)は協働で木くずなどを原料としたFT−SPKを開発しており、製造された燃料は昨年6月のJALの定期便でも使用された。

 七つの製造方法のうち、Annex5で認承されている「ATJ−SPK」は、エタノールやイソブタノールを脱水、オリゴマー化、水素化を行うことで得られる。アルコールの原料としてはサトウキビやトウモロコシ、より低い炭素強度を求める場合にはセルロース系バイオマスが考えられる。一方、三井物産やANAが出資・支援する米ランザジェットは、製油所や製鉄所由来の合成ガスや二酸化炭素を含む排ガスを、微生物によってエタノールに変換する技術を有している。23年からは米ジョージア州で、排ガスやバイオマス由来のエタノールからSAFおよび再生可能ディーゼルの商業生産を開始する予定だ。

 原料が一つの鍵となる中で、生産性が高く、食用作物との競合が少ない藻類を用いる取り組みも進められている。ユーグレナは米アプライド・リサーチ・アソシエイツなどとともに、微細藻類のユーグレナ由来の油脂と廃食油に由来する「CHJ」を実証プラントにて完成させている(Annex6認証を取得)。

 また、IHIは微細藻類を大量培養し、生成する藻油から「HC−HEFA SPK」を製造するプロセスを開発(Annex7認証を取得)、21年6月にはこのプロセスによって生産された燃料がJAL、ANAの定期便に供給された。

課題はコストと供給量

 これまで述べたように複数のプロセス、原料で開発が進められているSAFだが、共通する課題はコストと供給量が挙げられる。HEFA−SPK以外は現時点で大規模な商業プラントが存在しておらず、今後のスケールアップやプロセス改善によるコスト低減が期待される。

 一方、20年時点でのSAFの供給量は世界のジェット燃料供給量の0・03%程度。24年までに立ち上がるプラントの生産量を積み上げてもジェット燃料に占める割合は1%程度と、30年までに10%の目標達成は遠い。とりわけ日本は欧米に対して遅れている状況だ。

(近内健、丸紅経済研究所 チーフ・アナリスト)

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