教養・歴史書評

人類史上最初の「科学的」人物、アナクシマンドロスの業績に学ぶ=評者・池内 了

『カルロ・ロヴェッリの科学とは何か』 評者・池内了

著者 カルロ・ロヴェッリ(理論物理学者) 訳者 栗原俊秀 河出書房新社 2310円

人類初の科学的な営みを行った古代哲人の「世界の捉え直し」とは

「科学とは何か」と聞かれたとき、「私たちが持つ世界像を捉え直す作業」というのが一つのうまい言い方である。とすると、科学はこれまで連綿と続いてきた自然観や物質観を洗い直し、新たな観点からの知見を付け加えていく営み、というのが公式的見解ということになる。しかし、この定義は抽象的過ぎてイメージが湧かない。そこで、科学解説の第一人者であるイタリアの物理学者ロヴェッリ先生は、人類史上で最初に科学的な営みを行った人物の業績を明らかにするという方法を採った。そこで見いだされた考え方や探究法を科学の定義として採用しようというわけだ。その最初の人物こそ本書の主人公であるアナクシマンドロスで、紀元前7世紀末に現在のトルコ沿岸に存在した都市国家ミレトスで一生を送った人物である。

 一口で言えば、アナクシマンドロスは、世界を自然主義的に読み解くことを試みた最初の人間であるということだ。彼は、神というような超自然の力に頼ることなく、世界を形作っている事物それ自体の作用によって、宇宙・大気現象・地震など地上における一切の出来事・生命や人類の起源など諸々の事象を説明しようとしたのである。そこにはまさしく科学的探究の萌芽(ほうが)があり、さらに事物の時間的な変遷が偶然起こるのではなく、必然性に支配されていると考えた。自然界の法則の存在を確信していたのである。

 例えば、彼は、海水が太陽光で蒸発して上空に昇り、やがて水に戻って雨として地上に降ってくるとする大気の循環を見抜き、地球の水がなくなれば円盤が残るだけとして、大地は虚空に浮かぶ物体という描像を唱えた。また、原初の水から魚が生まれ、大地が乾燥したときに動物が陸に上がって適応した結果、人間が生まれたという生物進化論の端緒を構想している。むろん、数学的な記述や実験という手段を持たなかったから、アナクシマンドロスは「科学者」ではないのだが、科学とは何かを具現化した人物と言えるだろう。

 さらに、ロヴェッリが科学の営みにおいて特に重要だと考える要素として二点付け加えている。一つは師匠に対する反抗である。実際に、アナクシマンドロスは師匠であるタレスの説を批判したことにより、世界をよりよく理解できることを示したのだ。もう一つは民主制である。ギリシャの都市国家において実現した、多数者が議論の中で一つの結論に収斂(しゅうれん)するという科学的方法である。

 これらは科学の成立において欠かせない永遠の真実と言える。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 Carlo Rovelli 1956年、北イタリア・ヴェローナ生まれ。ボローニャ大学物理学科卒業後、米ピッツバーグ大学で研究生活を送り、現在は南仏のエクス=マルセイユ大学に在籍。著書『すごい物理学入門』はベストセラーになった。

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