EVで巡る日本のSDGs最前線③再エネとまちづくりの未来について産官学のパネラーが大激論、バイオマスの「循環・地産地消型都市」から見えてきたEVシフトの必然
EV(電気自動車)で巡るSDGsツアーの2日目は、真庭市の高原リゾート、蒜山(ひるぜん)高原でアウディ、真庭市、岡山大学の3者によるパネルディスカッションが行われた。蒜山高原には、東京オリンピックのために建築家の隈研吾氏が設計したCLT建築物が移築されており、その建物を中心に、美術館や物販店、サイクリング施設などからなるSDGsの発信拠点「GREENable HIRUZEN」がある。ディスカッションはそのCLT建築物の中で実施された。
テーマは3者が考える「2030年」、4人の大学院生が参加
テーマは、アウディ、真庭市、岡山大学のそれぞれが考える「2030年」だ。
登壇者は、真庭市の太田昇市長、アウディジャパンのマティアス・シェーパース・ブランドディレクター(フォルクスワーゲングループジャパン社長も兼務)、岡山大学学術研究院(大学院)の自然科学学域の河原伸幸教授、大学院の修士課程で研究する有森匠さん、今村陽子さん、藤田友輝さん、兼信みのりさんの計7名。コーディネーターは河原教授が務めた。
4人の大学院生の研究テーマは、有森さんが真庭市のバイオマス発電、今村さんは都市計画と「サードプレイス(自宅や職場以外の居心地のよい場所)」、藤田さんは高効率な火力発電、兼信さんは太陽光発電の高効率化だ。
EVのデメリット「高価格」から議論はスタート
ディスカッションは、藤田さんのEVのメリット、デメリットについての質問から始まった。シェーパース氏は、現在アウディが扱っているEVの価格は1000万円以上で、「この値段で普及させるのは現実的に難しい」と説明。そのため、この秋に600万円の戦略車種「Q4 e-tron」を投入する予定という。自動車メーカー各社がEVのラインアップを充実し、顧客の選択肢を増やしていくことが重要で、政府による補助金もEV普及のためには必要と話した。同時に、「一番大事なのは電気自動車(EV)の価値観を伝えること」と強調した。つまり、エンジン車にはないEVの付加価値を消費者に訴えることが、普及には不可欠というわけだ。
分散型電源「マイクログリッド」でEVは重要な役割
この点について、バイオマス発電を研究する大学院生の有森さんは、「真庭市は『マイクログリッド』の構築を目指しており、EVはそこで重要な役割を果たしてくる」との見方を示した。マイクログリッドとは、地産地消型の分散電源のことだ。大規模な火力発電所や原子力発電所で発電し、遠隔地に送電する従来の電力供給方法に対し、太陽光、風力、水力、バイオマス、地熱などの地域由来の電源で、地域の電力消費を賄う方式だ。しかし、太陽光や風力の自然由来のエネルギーは、天候などに左右される弱点がある。そこで、大量のバッテリーを搭載したEVが蓄電池として、安定供給の役割を果たすことが期待されている。
「EVから家庭に給電」で世界が日本を追いかける
シェーパース氏は、「日本発の急速充電規格である『チャデモ』は、最初からV2H(Vehicle to Home)機能が備わっている。これが世界標準になっており、今、世界が日本にキャッチアップしている」と話した。V2Hは、EVから家庭に電気を供給する仕組みで、地震や災害時の非常用電源になるほか、マイクログリッドの蓄電池にもなる。太田市長は、「真庭市にもPHV(プラグインハイブリッド車)が何台かあり、避難所1~2か所で非常用電源と備えている。管内の電力を全部賄うことはできないが、携帯電話の充電などはできる。日本の場合、災害用に使えるようにもっと技術開発してもらいたいし、行政も対応に向け努力しないといけない」と語った。
ドイツで進むPHVへの補助金廃止
太陽光発電を研究している兼信さんは、事実上、原発での発電が制約され、また太陽光も安定供給で課題を抱えている日本ではEVよりもエンジンで発電できるPHVの方が現実的な選択肢ではないか、との疑問を提起した。それに対し、シェーパース氏は、ドイツの事例を紹介。「ドイツでは連立政権を組む緑の党が、今年末にPHVの補助金をゼロにする考えという報道があった。補助金によりこの2~3年でPHVの登録台数は凄く増えたが、消費者の行動パターンを見ると、ずっとエンジンを動かしていて、ほとんどの人がバッテリーを使っていない。だから、補助金は全てEVにシフトしたほうが良いというのが緑の党の結論だった」と言う。
生活圏で「排ガスゼロ」の利点
兼信さんは、「EVの導入が加速した場合、曇りで太陽光発電が稼働しないときに、火力発電に頼ることになる。走行前の発電の段階で見た場合、EVにはCO2排出削減で本当にメリットがあるのか」と重ねて疑問点を指摘。シェーパース氏は「確かに今の時点ではその問題はあり、今後解決していく必要がある」とする一方で、「幼稚園の前や住宅街で排気ガスが出される場合と、発電所でコントロールされた形でCO2が出るのとどちらが良いのか。排気ガスにはNOx(窒素酸化物)の問題もある。そう考えると、EVには今日、明日にも直接的なメリットはある」と回答した。河原教授は、「火力発電所であれば、そこで直接CO2を回収し、それを再利用するという考え方もある」と補足した。
バイオマス発電にはまだまだ改善の余地
火力発電の高効率化を研究している藤田さんは太田市長に、「バイオマス発電は、地産地消できるメリットがあるが、全国的に見ると、電源構成の内訳では少ない。普及していくのに何が必要なのか」と質問。太田市長は、「バイオマスが日本の主要電源になるとは思わないが、もっともっと工夫の余地がある」と語った。具体的には、広葉樹をもっと活用すべきだという。太田市長は、「真庭のバイオマス発電の原料は、針葉樹の間伐材と製材所の端材。しかし、日本の山には広葉樹がたくさんある。江戸時代は、広葉樹から作る薪類などが日本の燃料の全てだった。しかし、今は全然使われていない」と説明。その理由として、「広葉樹は伐採がしにくく、効率が悪いためだ。そのあたりをきちんと技術開発すれば、本来、広葉樹の方が燃料に適している」と語った。
広葉樹で半永久的なエネルギーサイクル
太田市長によると、針葉樹は伐採するとまた植林しないといけないのに対し、樹齢30年の広葉樹は伐採してもすぐに芽が出て、成長過程でCO2を良く吸収する。江戸時代は30年ごとに広葉樹を伐採し、半永久的なエネルギーのサイクルを作っていたという。「バイオマス発電は、太陽光に比べてずっと安定的に電力を供給できる。これから色んな研究をして、知恵を出していけば、まだまだ伸ばすことができる」(太田市長)。
課題もある。「電力の製造原価は石炭火力が1kw時あたり12円に対し、真庭のバイオマス発電は20円を超えている。いつまでもFIT(再エネの固定価格買い取り制度)に頼って、消費者に価格を転嫁するのは難しい。もっと、色んな面の効率化を図って、製造原価を下げる必要がある」(太田市長)。だから、燃焼機関の効率化なども含めて、バイオマス発電の研究を進めていく必要があると強調する。
アウディ、国内52拠点で150㌔㍗時の急速充電施設
都市計画を研究する今村さんは、地方では充電施設がまだまだ少ないことが、EV普及への足かせになるのでは、と指摘。シェーパース氏は、「少し余裕のある一軒家では、自宅用の充電器を付ければ、アイフォーンと同じ感覚で充電できる。一方、アウディのビジネスパートナーであるディーラーが充電拠点になる」と話した。
アウディでは、年内にディーラーを経営する協力会社の投資で、国内52拠点に150㌔㍗時の急速充電器を導入する計画だ。アウディの家庭用充電器は8㌔㍗時の出力で、10分で8㌔走行分の電気が充電できるが、150㌔㍗時なら10分で140㌔分充電できる。
パネルディスカッションの会場で聴衆席にいたアウディ岡山の向田店長は、「EVで一番大事なのはそこに行けば必ず充電できるという安心感。また、サードプレイスの話があったが、充電中にコーヒーを飲みながら過ごす特別な時間を提供できる」と語った。
近い将来登場するEV版「ガソリンスタンド」
ただ、岡山県内にアウディの店舗は1店舗しかない。「数が足りないのではないか」との河原教授の指摘に対し、シェーパース氏は、「急速充電器の全国的なネットワークを持つeモビリティパワーは、150㌔㍗時ほど速くないが、必要最低限のレベルの充電拠点を全国7800カ所に持っている。さらに、EVの普及率が上がってきた段階で、EV版のガソリンスタンドのようなビジネスモデルが立ち上がってくる。すでに、英シェルやBPはガソリンスタンドの中に急速充電器を設置しており、彼らのビジネスモデルもこちらにシフトしている」と説明。「様々な方向から充電のネットワークが確立していく。後はその普及の速度の問題」と語った。
「EV+自動運転」で大きな駐車場は不要に、代わりに防災公園も
今村さんは、「車の販売店だけでなく、商店街や町の中心に充電スペースが造るなど、まちづくりとの連携を考えるべきでは」と発言した。これに対し、シェーパース社長は、「EVと自動運転は凄く相性が良い。この自動運転を通じてまちづくりが大きく変わる。車が自分で駐車・充電するようになれば、大きな駐車場はいらなくなる。浮いたスペースを公園や居住スペースに使える」との見方を示した。
太田市長は、「真庭市は防災公園を整備することを考えている。ゼロエミッションの再エネを供給して、そこに充電スタンドを置くようなことは自治体として可能だと思う」と指摘。また、「農山村では家に3~4台車があるような家が多い。車のシェアリングが進めば、車関係に費やす費用も減り、可処分所得も上がる」との見方を示した。
自動車産業の力点は「ソフトウエア」にシフト
この点に関連して、有森さんが「町に車が溢れている社会は、豊かな社会と言えない。真庭市の車が全てEVに置き換わればよいわけではなく、シェアリングは必要になってくる。一方で、アウディは自動車の販売台数を増やし、株主に利益を還元するのがミッションでは」として、企業として直面するジレンマにどう対処するのか質問した。
シェーパース氏は、「我々のビジネスモデルは、どれくらい車を生産して売るかだ。その観点からは多い方が良い。一方で、販売した車1台からどれだけ利益を回収するか、と言う考えもある。だから、ソフトウエアが重要になってくる」と語った。
VWグループはソフト新会社「CARIAD」でアップル、グーグルに対抗
VWグループでは3年前、傘下の4ブランド(VW、アウディ、ランボルギーニ、ベントレー)のソフトウエア部門を新会社「CARIAD(カリアド)」に統合。ソフトウエアによる差別化と課金モデルの構築を急いでいる。「車の機能のソフトウエアを、OTA(オンラインによる機能のアップデート)で売って、利益が出るようにする。自動運転はまさにその延長線上にある」(シェーパース氏)。これは、自動車分野への参入を表明しているアップル、グーグル、マイクロソフトへの対抗の意味もあるという。
7名による白熱した議論は1時間40分以上に及んだが、ここで時間切れとなった。
今の日本では、EVを単にエンジン車の代替としてみる議論が支配的なため、値段が高い、充電拠点が少ない、火力発電に電源を頼るEVはCO2の排出減に貢献しない、というマイナス面ばかりがクローズアップされる。しかし、視点を「循環型、地産地消型の地域社会の構築」に移すと、EVの存在価値が俄然、際立ってくる。今回のパネルディスカッションの議論を通じて、そんな印象を受けた。次回は、太田市長やシェーパース氏、真庭のまちづくりに貢献した人々の横顔を紹介したい。
(稲留正英・編集部)
(④に続く)