「反論」はこれで良かったか 『秋篠宮』から考える皇族 社会学的皇室ウォッチング!/34=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉
毎日新聞の宮内庁担当記者として、私の先輩である江森敬治さんが出版した『秋篠宮』(小学館)が話題となっている。眞子さんの婚約内定が明らかになった直後から37回、秋篠宮さまを取材した記録だ。宮さまの肉声や思いも記されており、週刊誌報道やネット言説に事実上の訂正を試みている部分もある。天皇・皇族が発言する機会は限られており、貴重な著作であることは間違いない。
ただ、ジャーナリストの著作を通じて、皇族の真意が伝わるという現状は、もっと考える必要があるのではないか。
小室さんの母親をめぐる金銭トラブルが、『週刊女性』の報道により発覚したのは2017年12月だった。その直後、眞子さんの提案があり、結婚延期が18年1月初旬、秋篠宮家内で決まったという。今回初めて明らかになった。
延期が実際に発表されたのは2月6日。この結婚に不安を感じる江森さんがその直後、秋篠宮さまを訪ね、「正直なところ、お父さまとしてもホッとされましたか?」と聞いた。その様子について江森さんは次のように書いている。
「彼(秋篠宮さま)も安堵(あんど)していることが表情から伝わってきた。しかし、である。私がホッとしたのも束(つか)の間、彼から意外な答えが返ってきた。『二人はそれでも結婚しますよ』」
眞子さんの結婚を秋篠宮さまは容認していたようにも読める。ところが、江森さんは、同じときのことを次のようにも書いた。
「突然、秋篠宮がつぶやくように言った。『先のことは、誰にも分かりませんからね』(略)将来のことだからそれまでに何が起こるか分からない――。こちらが彼の本音なのかもしれないとも思った」
秋篠宮さまは、本音レベルでは、結婚を認めたくない気持ちがあるとも聞こえる。いったい、どちらなのだろうか。
江森さんの趣旨は、「皇族である前に一人の人間、あるいは一人の父親として、葛藤する姿」を見せるというところにある。だから、両義的な葛藤が見えるように記述することは、むしろ江森さんの真骨頂ともいうべきかもしれない。
さらに広がる臆測
ただし、そうした葛藤こそ、「眞子さま問題」を混迷に追いやった大きな原因ではなかったか。
一面、父親の立場として、娘の決断は尊重すべきであり、婚姻の自由を定めた日本国憲法第24条の趣旨から考えても反対する必要はないと、秋篠宮さまは判断した。たとえ、小室さんの年収が低く、家賃の高い都心に住めなくとも近県の賃貸マンションを選ぶなどして「身の丈にあった生活をすればよい」と考えていた。
他方、眞子さんが皇族だった立場を考えると、金銭トラブルがあるのならば、国民に祝福してもらう結婚になるよう、きちんと説明し、納得してもらう必要があるとも秋篠宮さまは考えた。それができないのであれば、秋篠宮家の儀式である「納采(のうさい)の儀」(一般で言う結納)は行えない――。
秋篠宮さまの姿勢は一貫している。矛盾した言い方になるが、二つの思いに引き裂かれていることが「一貫」しているのである。
しかし、受け取る側としては、建前と本心を読み分けられるから、都合の良いストーリーとしてひとり歩きしてしまう。
現に、『秋篠宮』を紹介する『週刊文春』(5月19日号)は、「(結婚が)延期になった時点で『二人が結婚する以外の未来』も秋篠宮の頭の中にはあったのではないかと思えてくる」と臆測している。
江森さんの新著によれば、2018年5月のゴールデンウイーク明け、小室さんがその夏から海外留学をするという話を、江森さんは秋篠宮さまから聞いた。
江森さんは、自分の思いとして、「彼(小室さん)が外国に行ってしまったら、金銭トラブルについて国民への説明なども期待できない。秋篠宮の要望に何ら対応せず、海外に留学してしまう小室の突飛(とっぴ)な行動に驚いた」と書いた。小室さんの行動を「レットイットビーですね」と評した江森さんの言葉に、秋篠宮さまは反応せず、「冷めた表情を浮かべていた」という。
この部分を紹介する『週刊新潮』(5月19日号)の見出しは、「『小室圭さん』海外逃避に呆(あき)れ果て…」である。「呆れ」ていたのは江森さんだが、まるで秋篠宮さまも一緒に呆れ果てているかのようにも読めてしまう。それが誤解なのか、真意なのか。江森さんの記述はおそらく敢(あ)えてボカシて書き、臆測をさらに広げる効果を持ってしまっている。
一人の人間として
江森さんは、「彼(秋篠宮さま)は小室圭に、警備のありようについても検討するよう伝えた」と書いている。婚約内定が明らかになって以降、小室さん母子が住む横浜市のマンションには警察の警備がついていた。江森さんは、「原資は、国民の税金である」と書いた。
正直、このくだりは意味が分からなかった。小室さん母子の自宅を警備すると決めたのは警察である。小室さんに「検討するよう」伝えたとしても、小室さんが決定できる問題でもない。秋篠宮さまの発言は何を意味しているのだろうか。
本全体を読むと、秋篠宮さまが、皇室と税金の関係に敏感であることが分かる。過剰な警備をしないように小室さんからも警備当局に要望せよということなのだろうか。
しかし、皇族自身が、皇室と税金の関係について敏感であればあるほど、税金批判をさらに集めるという構図もある。税金との関係を秋篠宮さま周辺が、メディア関係者に漏らすことによって、税金「浪費」批判を招いたという側面はなかったろうか。
江森さんの新著は非常に興味深い。だが、秋篠宮さまの両義性がそのままに記録されている。新著が、宮さまからの「国民」へのメッセージでもあるとしたら、自らの矛盾が大混乱の一因であることには自覚的であってほしかった。
皇族である前に一人の人間であるというのが江森さんの趣旨である。そうであるならば、秋篠宮さまには、親としてどんなことがあっても娘を守るという姿勢こそお示しになってほしかった。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など