教養・歴史書評

富裕層はさらに富裕に。格差を拡大、病巣をより露わにしたコロナ危機=評者・服部茂幸

『世界はコロナとどう闘ったのか? パンデミック経済危機』 評者・服部茂幸

著者 アダム・トゥーズ(コロンビア大学教授) 訳者 江口泰子 東洋経済新報社 3080円

財政拡張で富と所得が集中 世界が抱える病巣あらわに

 2020年から始まった新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、ラムダ株、オミクロン株なども登場し、いまだに収まる見込みがない。このパンデミックは我々に「誰の経済なのか」「どの経済なのか」「経済とは何のことか」という問いを投げかけたと本書はいう。

 パンデミックに対して、米国のトランプ前大統領などの右派が取ったのは否認戦略である。ロシアのプーチン大統領などのナショナリストの独裁者は、否認はしなくとも、弱者切り捨て戦略を取った。危機を危機として扱わない彼らの(無)政策は危機を悪化させた。

 2010年以降、欧州で債務危機が生じた後、各国は政府債務を削減するために、財政を緊縮させた。これに反対し、不況対策のための財政拡張を訴えたのが左派である。コロナ危機では、管理者タイプの中道派の政府はこの財政拡張政策を採用した。これによって、本書は左派の政策の正しさが証明されたとするが、同時にそれが政治的には左派を退潮させたとも指摘する。

 大きな政府は本来、理論的にはネオリベラリズム(新自由主義)の否定だが、21世紀の大きな政府はネオリベラリズムの遺産の上にあり、そこからさらなる富と所得の集中が生じたともいう。財政政策は単に規模を拡大させるだけでなく、中身も大事ということでもある。

 20年末からワクチン接種が始まったが、ワクチンを独占したのは富裕な国である。一応、国際的に管理するCOVAX(コバックス)(ワクチンを共同購入し途上国に分配するシステム)もできているが、圧倒的に資金は不足している。国内では前例のない財政拡張が行われていても、先進国は途上国のためには支出をしないのである。

 コロナ危機は中国から始まったが、中国はウイルスの蔓延(まんえん)をいち早く封じ込めた(もっとも、今は中国でも流行している)。本書はコロナ危機は中国の独り勝ちだという。反対に深刻な国家危機を引き起こしているのがアメリカだ。現在の共和党は特定の利益と感情を追求しているだけで、国家の危機に際して短期においても長期においても統治のビジョンがないと手厳しい。けれども、危機の中でも、アメリカでも世界でも富裕層はより豊かになっている。中国だけでなく、世界の富裕層もコロナ危機の勝ち組なのである。

「危機において本質は現れる」という言葉が示すように、コロナ危機は現在の世界が抱える病巣をあらわにしたと言えよう。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 Adam Tooze 1967年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに学び、米エール大学の教授を経て2015年より現職。著書に『ナチス破壊の経済』など。

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