週刊エコノミスト Online

《超円安サバイバル》インタビュー 円安と経済安保 核心は技術を「守る」こと

「海外勢の日本企業買収による“機微な技術”の流出を防げ」

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授

 急速に進む円安が日本に及ぼす影響について、経済安全保障に詳しい鈴木一人東大教授に聞いた。

(聞き手=梅田啓祐/斎藤信世・編集部)

(超円安サバイバル 特集はこちら)

── 急速に円安が進んでいる。経済安全保障の観点から、どのような影響が考えられるか。

■問題になるとすれば、円安で企業の価値が安くなる日本企業を、外国人が買収するケースが増える可能性があることだろう。特に国の戦略物資を手がける企業などの買収は、経済安全保障上、懸念が大きい。

 例えば、海外の事例では、2016年に中国の家電大手である美的集団がドイツの大手ロボットメーカーKUKA(クーカ)を買収し、ロボティクス技術の強化を試みていたことが明るみに出た。

 また、18年には中国の国有ファンドから融資を受けた米国の新興企業が、米航空機大手のボーイング社に衛星の建造を委託し、中国が米企業経由で衛星技術を入手していた可能性が指摘された。

 こうした事態が日本で生じるのを防ぐため、外資が日本企業に投資する際のチェックを厳格化した。

 具体的には、19年改正の「外国為替及び外国貿易法(外為法)」では、航空機や原子力、武器製造、サイバーセキュリティーなど安全保障に関わる上場企業の株を外国人投資家が取得する際、政府に事前届け出が必要な取得比率を従来の「10%以上」から「1%以上」に引き下げた。

 また「事前」審査を「事後」審査に変えた。届け出をするが、その場で審査されるわけではなく、その後に問題があれば事後的に株式を保有している外国人投資家を排除することを可能とした。投資はできるが、リスクのある人は排除するという設計の下で作られたルールだ。

 私は当時、法案改正時の産業構造審議会の安全保障貿易管理小委員会に参加していたが、産業界とも議論して、基本的には投資はしやすくし、事後管理はきちんとする、というバランスをとった設計にしている。

 世界の投資家から資金を集める際にカギとなるのは「経済インテリジェンス(情報分析)」で、入念に確認し、どういう企業が、どういう投資家と、どういう属性を持っているのかを見定めていくことが求められている。

成長と経済安保は一体

── 円安にも通じることだが、企業の競争力を高めることが経済安全保障のポイントになってくるのではないか。

■短期と中長期で分けて考える必要があるが、短期的には、少なくとも既に日本が持っている優位性を守ることが重要だ。そして、他国が容易に日本との通商を断絶できないようにする「戦略的不可欠性」を高めていくことが必要となる。

 経済安全保障は、最終的には成長戦略と連動すべきで、よく「知る・守る・育てる」という言い方をするが、要は外国やマーケットの動向や技術の詳細を知り、日本が持っている技術を伸ばして競争力を育てていく。

 そこで、技術を「守る」ことが経済安全保障の中心的なポイントとなるわけだ。その意味では経済成長戦略と経済安全保障は表裏で進めていかなくてはいけない。

 中長期的には、どこに強みを見いだして、どうやって勝ち抜くかを考える必要がある。半導体一つをとっても1980年代に日本が占めた世界シェア率といった過去の栄光はどうでもよい。

 むしろ今ある状況の中で日本がどうやって勝ち抜いていけるかを考えていくことが大切だ。同時に、外国依存が過度でなく、適度かどうかを詳細に見ていくことも成長戦略につながっていくだろう。そうした議論がこれから進んでいくのではないか。

── 外為法は21年秋の改正でレアアースなどの重要鉱物資源に関する業種を追加した。今後も随時見直しや業種を追加する方針だが、この点についての考えは。

■日本は民間企業でもかなりの部分で「機微」な技術を扱っている企業が多い。そういった企業への投資スクリーニングが一応の目的だが、かなり限定して絞った形になっているので、私の意見としては、まだ甘いと考えている。

 対米投資を審査する省庁横断的な組織「対米外国投資委員会(CFIUS(シフィウス)」が行う投資スクリーニングはもっと広範で制限をかけていないので、これが安全保障上、問題だという判断があれば、どんな産業でも対象になり得る。CFIUSと比べれば抑制的な法体制にはなっていると思う。

「ゼロリスク」は逆効果

── 米国では、CFIUSの権限を強化する動きもある。日本もそれに倣うべきか。

■CFIUSのような組織対応は米国だからできることだ。つまり、黙っていても海外からの投資マネーが次々と流入してくる国であれば、むしろ制限をかけることは合理的だ。

 一方で、日本は海外からの投資が著しく少ない。政府も日本への投資を積極的に呼び込む考えを示しているわけで、そういう意味では、米国のような厳しい対外投資規制はできるだけ狭い範囲でかけるべきだろう。

 したがって、今の時点では、日本でCFIUSのような組織を作ることが望ましいとは思わない。100%守ろうとするとガチガチの規制だらけの社会を作ればいいわけだが、「ゼロリスク」にすれば、日本の経済活動や産業競争力を失わせる結果になるだろう。バランスが大切ということだ。

── 円安で外国人に日本の土地が買われてしまうと懸念する声もある。

■土地の買収については企業買収と同様に外為法で管理の対象になっている。

 つまり、外為法を通じて、為替の変化や外国投資家による企業、土地の買収については、政府がチェックをする制度自体は存在する。円安で(土地や企業の)買収ラッシュのようなことが起きないようにする制度的な枠組みだが、重要なのは、それをしっかり機能させていくことだ。

 外為法改正で、土地の買収に関しては自衛隊基地の周辺なども管理されるようになり、土地の買収は規制されている。また、そもそも、日本への投資のほとんどは収益目的で、円安で買収に来る人たちは特にそうだ。現状、買収ラッシュのリスクはゼロではないが、低いと考えている。


 ■人物略歴

すずき・かずと

 1970年生まれ。2000年英国サセックス大学大学院博士課程修了。北海道大学公共政策大学院教授などを経て20年10月より現職。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事