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世界中どこでも小型のアンモニア製造装置を 東工大発ベンチャー「つばめBHB」の挑戦

従来のアンモニアプラントより大幅に小型化されている(完成予想図) つばめBHB提供
従来のアンモニアプラントより大幅に小型化されている(完成予想図) つばめBHB提供

 東京工業大学発のベンチャー企業「つばめBHB」が、これまでより低温・低圧でアンモニアを合成できる小型プラントの商用化にめどをつけつつある。東京工業大学の細野秀雄栄誉教授らが開発したアンモニア触媒を工業化した。同社が描くアンモニアプラントの新たなビジネスモデルとは。

発明家・細野栄誉教授の触媒

 商用アンモニア(NH3)はハーバー・ボッシュ法と呼ばれる方法で製造されている。水素(H2)ガスと窒素(N2)ガスを高温(400~500度)・高圧(100~300気圧)の環境下で、鉄触媒を使って合成する。用途は主に肥料だ。近年は、燃えても二酸化炭素を排出しない特性を生かし、発電や船舶向け「脱炭素燃料」として注目を集める。しかし、合成時のエネルギー消費が高いことが課題だった。

 細野栄誉教授は、高精細ディスプレー用の薄膜トランジスタ(電子回路の役割を果たす)「IGZO-TFT」を開発したことでも知られる“発明家”。今回は、鉄触媒の代わりとして「エレクトライド触媒」を開発。英科学誌『ネイチャー・ケミストリー』に2012年、論文が掲載された。

 アンモニア合成で高エネルギーが必要なのは、強く結びついた窒素分子(N2)の結合を切断し、窒素原子(N)にするためだ。エレクトライド触媒は窒素分子の結合切断を促進する。

千代化、三菱ケミの出身者が役員に

 つばめBHBは、エレクトライド触媒を商用化に結びつけるべく17年4月に設立された。三菱ケミカル、日本郵船などのほか、アミノ酸生産時にアンモニアを使う味の素が出資する。CEO(最高経営責任者)の渡辺昌宏氏は千代田化工建設出身。役員には、三菱化成(現三菱ケミカル)や豊田通商の出身者らがいる。細野栄誉教授の研究室の博士研究員(ポスドク)出身者も2人採用している。

神奈川県川崎市の試験用プラント「つばめBHB」
神奈川県川崎市の試験用プラント「つばめBHB」

 つばめBHBは、研究段階ではグラム単位でしか作れなかったエレクトライド触媒の性能を向上させ、かつ数十キロ単位で製造する体制を確立。川崎市の試験用プラント(生産能力・年産20㌧)でこの触媒を使い、2年間、多様な温度や圧力下で試験運転を重ねた。川崎のプラントでは断続的な運転だったが、東工大すずかけ台キャンパス(横浜市)にあるR&Dセンターの研究用機材では30カ月間、触媒を変えずに連続運転することに成功、触媒の反応が継続することが証明された。

従来比100度低く、圧力は25%

 一連の試験運転の結果、商用運転に道筋を付けた。従来のハーバー・ボッシュ法より数十~100度低く、圧力は4分の1で済む。このため、プラントを小型化できる。

 同社が構想するのは「オンサイト(現地立地)型アンモニアプラント」だ。従来の大型アンモニアプラントは年間生産能力20万~120万㌧レベルで、電力コストが低い地域や水素ガスを調達しやすい天然ガス田の近くに立地していた。これでは、消費地への輸送も必要だ。日本でも年間108万㌧の消費量のうち約2割を輸入に頼っており、輸送費がかかる。

従来のアンモニアプラントは巨大な工場と呼べるほどの大きさで、人が小さく見える Bloomberg
従来のアンモニアプラントは巨大な工場と呼べるほどの大きさで、人が小さく見える Bloomberg
つばめBHBのアンモニアプラントは町工場の建屋に入るほどの大きさ(完成予想図)
つばめBHBのアンモニアプラントは町工場の建屋に入るほどの大きさ(完成予想図)

少量でも建造できる

 一方のオンサイト型プラントは同500~5万㌧レベル。従来のプラントが写真のように巨大な工場と呼べるほどの大きさなのに対し、つばめBHBの完成イメージは、小さな工場の2階建屋に入る程度の大きさだ。アンモニア需要家のすぐそばに建造することが可能なので、運送費はかかならない。

 同社がオンサイト型プラントの潜在需要家とみているのは、アンモニアを少量で調達する事業者だ。アンモニアは世界で年間1・8億㌧製造され、うち8割が肥料向けだ。その他の用途として、ナイロン、半導体、アミノ酸などの生産時に使われるが、1事業者当たりの調達量は少ない。これらの事業者が従来の大型プラントで生産されたアンモニアを調達しようとすれば、価格交渉力も弱く、運送費も上乗せされる。

 しかし、オンサイト型プラントならば、小規模ユーザーの近くに機動的に建造できる。これならば輸送費も不要だ。同社は、アンモニア合成に用いる水素ガスを、水を電気分解して生産する「グリーン水素」とする構想を描く。

触媒の販売も視野に(写真は開発品の一例)つばめBHB提供
触媒の販売も視野に(写真は開発品の一例)つばめBHB提供

貧困国の農業自立にも

 同社はプラントの商用化へ向けて営業活動をかけており、今秋にも第一号案件の成約にこぎつけそうだ。プラントの建造ビジネスと同時に、触媒の販売も行う予定だ。

 将来は、アフリカや東南アジアで、肥料用に再エネを利用して小型オンサイトプラントを建造する構想も描く。アフリカの一部地域では肥料が手に入りにくく、農業の効率も悪い。送配電網も未整備の地域もある。こうした地域で小型プラントを建造すれば、豊富な太陽光や地熱、水力を利用した発電でアンモニアを製造でき、肥料に加工できるというわけだ。アンモニアの地産地消モデルだ。

 渡辺CEOは、同社のビジネスについて「アンモニアの小規模需要家が、高いアンモニアを買わされないようにするのが目的」と語りつつ「ウクライナ戦争で深刻化したエネルギーの自給問題、供給網の寸断にも対処できる解ではないか」と話している。

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