《地銀&メガ》英ファンドが上場地銀に突き付けた“最後通牒”=荒木涼子
株主還元 岩手など4行に配当増要求 英ファンドが問う「低収益」=荒木涼子
東証再編で「プライム市場」に上場した地銀は少なくないが、今後はグローバルな投資家とも向き合い、一層の対話が求められる。
上場地銀が機関投資家からの株主還元圧力に揺れている。地銀業界で今、大きな話題になっているのが、英投資ファンドのシルチェスター・インターナショナル・インベスターズからの株主還元の要求だ。岩手銀行など4行に対し、収益性の低さを理由に大幅な配当増額などを求めており、各行が今年6月開催予定の定時株主総会で株主提案する方針を示した。地銀側は一様に反対を表明しているが、株主との関係が今後の大きな焦点となりそうだ。(地銀&メガ 特集はこちら)
「地域市場における強い立場を活用することを怠り、さらなる事業繁栄に失敗した」──。シルチェスターは今年4月以降、岩手銀行のほか滋賀銀行、京都銀行、中国銀行に対し、特別配当を求める株主提案を行うと相次いで公表した。各行に対し、各行が保有する株式から受け取る配当の100%と、本業である「銀行業務」で得た純利益の50%の還元を求めたが、各行から拒否されたため大幅な特別配当の実施を株主提案するという。
例えば、岩手銀行は2022年3月期で1株当たり年間80円の普通・記念配当を予定しているが、シルチェスターはこれに加えて76円の特別配当を要求。京都銀行に対しても1株年間100円の普通配当に対し、さらに1株132円の特別配当を求めるなど、4行に対して軒並み配当を倍増させる要求を突き付けている。シルチェスターの公表文によれば、岩手、滋賀、京都銀行でそれぞれ最大株主となっているほか、中国銀行株も5%以上を保有しており、地銀側もその影響力は無視できない。
ブルームバーグなどによれば、シルチェスターは今年3月末時点で計165億ドル(約2兆1500億円)を運用し、日本株には1兆9000億円超を投資。大量保有報告書などによると、地銀株は他にも横浜銀行と東日本銀行を傘下とするコンコルディア・フィナンシャルグループ(FG)と、沖縄銀行が傘下のおきなわFG株の計6銘柄を保有しており、シルチェスターはROE(株主資本利益率、純利益÷株主資本)が3%を下回る収益性の低い4銘柄に対して、株主提案をするようだ。
「短期的視点」と批判
4行は提案に対し、取締役会でそろって「反対」を決議した。各行ともシステム投資負担や新型コロナウイルス禍の中で地域経済を支える地域金融機関としての役割などを強調する一方、シルチェスターの提案を「将来における経営環境の変化や継続的な事業投資の必要性を考慮しない、短期的な視点に立脚したもの」(中国銀行)、「当行の企業価値ひいては株主の共同利益を毀損(きそん)するおそれもある」(滋賀銀行)などと批判した。
ただ、ROEが3%超の地銀も珍しくない中で、これら4行の収益性が見劣りするのは否定できない。加えて、京都銀行は任天堂や京セラ、滋賀銀行は島津製作所や日本電産など、成長した企業の株式を早くから保有し、その時価総額は大きく膨らんでいる。シルチェスターは各行が保有株式から毎年、多額の配当を得ているものの、「顧客との関係維持に必要ではない」とも訴える。つまり、銀行側が得る多額の配当は、事業の成長に有効活用できない以上、株主に還元するべきだという主張だ。
シルチェスターは4行に06年から投資するが、これまで株主還元の強化を内々に求めることはあっても、株主提案する方針を公に表明したのは初とみられる。ある地銀関係者は「日本の地銀は日銀のマイナス金利政策によって収益が低迷していたが、昨年から世界的に金利が上昇し始めた。シルチェスターは日本でも金利が今後、上昇すると見込み、地銀の収益改善が期待できるタイミングで、株主として要求することは要求する姿勢に転じたのでは」とみる。
急騰した北国FHD株
地銀株はバブル崩壊後、低迷が続き、現在も本格的な上昇軌道を描けないでいる。過去20年間の値動きをみても、岩手銀行株は05年12月に8000円を超える水準に上昇したが、今年5月20日の終値は7割以上も安い1878円にとどまる。地銀アナリストのリポートによれば、特に岩手、滋賀、中国銀行の株主構成は似ており、シルチェスターを含む外国人が2割弱、個人が25%前後、金融機関が3割前後。外国人投資家ほぼすべてに個人と金融機関の半数超が賛成すれば、シルチェスターの提案が通る可能性があるという。
一方、4月28日に野心的な株主還元策を打ち出した後、株価が急騰したのが、北国銀行を傘下とする北国フィナンシャルホールディングス(FHD)だ。22年3月期決算発表と同時のタイミングで、90億円の自社株買い実施方針などを打ち出すと、5月6日終値4500円まで連騰し、4月27日終値に比べ3営業日で42%も上昇した。同行企画グループは市場の反応を「投資家の目線に立った企業価値の向上策として、当行の方針を評価してもらえた」と胸を張る。
他にも株主還元策はいくつかの柱がある。シンガポール支店閉鎖によって余剰資本1026億円を成長投資や株主還元に充てる。さらに、「地銀初」として「上場株式はすべて保有しない」方針を示し、政策保有株(持ち合い株)を25年3月期までに半減させる。これらにより、24年3月期には純利益の40%以上を配当や自社株買いとして株主に還元するという。
実は、北国FHDは還元策発表に先立つ4月11日、地銀に特化した投資ファンドを運営するありあけキャピタル(東京)と、企業価値向上への助言契約を結んでいた。ありあけは、元ゴールドマン・サックス証券の田中克典氏が社長を務め、21年12月に立ち上げた50億円規模のファンドで北国FHDを含む数行に出資する。今回の株主還元策は早速、助言が奏功した形で、今後は実行力が問われる。
今年4月の東証再編に伴いシルチェスター保有の6銘柄を含めた地銀株60銘柄が、グローバルな投資家の投資対象と位置付けられる最上位の「プライム市場」に上場した。滋賀銀行が5月13日、配当と自社株買いで純利益の40%を目安に株主還元すると発表し、従来の30%から引き上げるなど、還元強化を打ち出す銀行も珍しくない。滋賀銀行は「シルチェスターの要求とは関係ない」とするが、収益性や成長力を底上げできなければグローバルな投資家からの圧力はさらに高まりうる。
(荒木涼子・編集部)