演技の三冠王の黒人女優の自伝がベストセラー=冷泉彰彦
アメリカ 黒人女優の自伝は自己啓発の記録
ビオラ・デイビスといえば、現代のアメリカを代表する女優といっていいだろう。全米映画俳優組合賞に輝いた「ヘルプ」のメイド役で人気を獲得、その後は映画のアカデミー賞、舞台のトニー賞、テレビのエミー賞と、演技に関する主要な賞の「三冠王」に輝いた初の黒人女性となった。現在は、テレビドラマ「ファースト・レディ」でミシェル・オバマ夫人の役を演じて話題となっている。
そのデイビスの自伝『自分探し(“Finding Me”)』がベストセラーとなっている。役者として下積みの生活から、努力、運、人脈を通じて地位を築いていった半生記だが、本書の魅力はデイビスが遭遇した人生の転機において、彼女が徹底的に自分を見つめた「自省」の姿勢にある。
デイビスは、ロードアイランド州の黒人家庭の出身で父親は暴力を振るいがちであり、経済的にも困窮の中で育った。そんなデイビスは、小学生の頃は、怒りと闘争心だけを自分のエネルギーにするような少女だった。常に自己主張をし、負けず嫌いの態度を貫いていた彼女は、白人中心の男子生徒集団を敵に回してしまい、壮絶ないじめを受け、そこから「逃げる」ことが生きる姿勢になったという。
だが、彼女はその経験をベースに、徹底的に自己を見つめ、自己を肯定するという視点で自分の人生を切り開くと決意する。転機となったのは、多くの指導者との出会いであった。高校などの演劇クラスで、その才能を認められ、やがてジュリアード音楽院で演劇を学ぶチャンスを得た。そんな彼女は映画やテレビのオーディションを受けては、小さな役を獲得していくが、その多くは「不幸な黒人女性の役」であった。そのことに疑問を持ちながら、自分はもっと前向きな役を演じたいという意志を曲げずに、チャンスを追い続けた。
そこからは、一種のシンデレラストーリーになるのだが、個々のプロデューサーや監督による導き、それぞれの演技の体験などを通じて、「その時、自分は本当は何を考えていたのか」を徹底的に見つめた記録がつづられている。旬の女優による赤裸々な半生記であると同時に万人に対して「自己肯定の方法」を問いかける本書は、この先、ロングセラーとなることは確実だろう。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。