教養・歴史書評

近代「設計主義」を超え、慣習を市場と結びつける試み=評者・服部茂幸

『市場と共同性の政治経済思想』 評者・服部茂幸

著者 小島秀信(同志社大学准教授) ミネルヴァ書房 4950円

自らの基盤をも破壊するグローバル市場経済の本質

 本書は市場は社会から完全には離礁することはできないが、グローバルな市場経済は社会的なものを破壊することによって自らの基盤をも破壊するということを思想史の中で論じたものである。

 現在の世界では「リベラル・デモクラシー」が唯一の正当な政治経済システムだとされている。これはグローバルな市場経済と議会制民主主義から成り立つとされている。けれども、議会制民主主義が前提とする国家主権の絶対性は、グローバルな市場経済や普遍的な人権の概念と矛盾する場合もある。またリベラル・デモクラシーのシステムはアメリカニズムだともいわれる。しかし、アメリカ的なものが普遍的であるわけでもない。

 ところで、近代啓蒙(けいもう)主義は人間が全知の存在であるかのごとく仮定していると批判したのが、「保守主義の父」とも呼ばれる英政治思想家バークであり、古典的自由主義者であるオーストリアの経済学者ハイエクだった。彼らは理性によって社会を改革する「設計主義」的な近代人の思考をも批判した。代わりに彼らが重視するのが慣習であり、自生的秩序である。

 ハイエクは市場において我々が行動できるのも、慣習によって制約を受けているからだと論じている。さらに、ハイエクはこうした社会に埋め込まれた個人を前提とするのが真の個人主義だと論じていた。けれども、通常、慣習と結びつけられるのは国家である。本当は「京都の慣習」などという言葉が示すように、慣習は国家とのみ結びつくわけではない。しかし、慣習を市場と結びつける考え方は特殊だろう。

 さて、サッチャー元英首相が「社会は存在しない」と語っていたことは有名である。サッチャーはハイエクを尊敬していたが、こうしたハイエクの理解に立てば、実は偽の個人主義者だったのだ。そのことと、サッチャーの改革、あるいは新自由主義の改革一般が設計主義的なのは無関係ではないだろう。またアメリカニズムに基づく改革が、多くの場合に失敗するのも不思議なことではないだろう。

 現在、保守の政治家の代表とされるのは、トランプ元米大統領や安倍晋三元首相だろう。しかし、彼らが重視するのは、選挙で選ばれた政治家がものを決めるということである。これは設計主義であるが、専門家の意見を無視する彼らの政治は理性に基づく政治ではない。評者は、こうした保守政治をバークやハイエクが容認するとは思えない。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 こじま・ひでのぶ 中央大学法学部卒業後、大阪市立大学大学院経済学研究科で経済学博士取得。専門は経済学説、経済思想。著書に『伝統主義と文明社会 エドマンド・バークの政治経済哲学』などがある。

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