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「アメリカ独立戦争」を正しく理解するなら「アメリカ革命」と訳すべきである=中岡望

大統領選の結果に反発し、連邦議会議事堂へのバリケードを突破しようとするトランプ支持者たち Bloomberg
大統領選の結果に反発し、連邦議会議事堂へのバリケードを突破しようとするトランプ支持者たち Bloomberg

“誤訳”が生んだアメリカへの無理解。最後は、アメリカを知るうえで外せない「アメリカ独立戦争」についてである。

「アメリカ独立戦争」という訳ではこの戦争を理解できない

 筆者は20年に渡り、大学で「アメリカの政治思想」を教えてきた。授業の最初に必ず、学生たちに尋ねることがある。それは「『アメリカ独立戦争』は英語で何というか」だ。ほぼ全員が「American Independence War」と答える。それ自体は決して間違いではない。だが実は、アメリカの歴史の教科書や文献資料には、「Independence War」という単語は皆無とは言わないが、ほとんど見当たらないのである。

前回はこちら>>アメリカの「政教分離」は「政治と宗教の分離」ではない

 では、日本語の「アメリカ独立戦争」にあたる英語は何か。それは「American Revolution(アメリカ革命)」である。アメリカの独立は、アメリカ人にとって「革命」なのである。単にイギリスの支配や重税から逃れるために、アメリカはイギリスからの独立を決断したわけではないのである。

マサチューセッツ州・レキシントンにはアメリカ独立戦争で闘った民兵を模したミニットマン像が残されている
マサチューセッツ州・レキシントンにはアメリカ独立戦争で闘った民兵を模したミニットマン像が残されている

 無論、この戦争の直接的な原因は、1763年のフレンチ・インディアン戦争であり、イギリスが北アメリカにおける覇権を確立し、植民地に対する支配権を強化したことにある。イギリスは、戦争で悪化した国家財政を改善するため、植民地から輸入される砂糖に高い関税をかける「砂糖法」を制定した。さらには「通貨法」「宿営法」「印紙法」などを相次いで導入し、植民地の“自治権”を脅かした。こうしたイギリスの支配強化に、植民地の市民は反発した。

 独立に際し、アメリカは世界に対して“独立の正当性”を訴える必要があった。「独立宣言」(1776年)を起草したトーマス・ジェファソンは宣言の中で次のように書いている。少し長くなるが、当時の植民地の人たちが、独立をどう考えていたかを知るうえで役に立つので、しっかり引用しておきたい。

「人類の歴史において、ある国民が、他の国民と結びつけてきた政治的な絆を断ち切り、世界の諸国の間で、自然の法と自然神の法によって与えられる独立平等の地位を占めることが必要となったとき、全世界の人々の意見を真摯に尊重するならば、その国の人々は自分たちが分離せざるを得なくなった理由について公に明言すべきあろう」(訳文はアメリカ大使館による)

 要するにアメリカは、好き勝手に独立を求めているわけではない、正当な根拠があると主張しているのである。では、独立に際し、アメリカはどのような根拠を提示したのか。

独立宣言の中にうたわれた革命権

 当時、ヨーロッパでは王権と教会が共同で権力を独占し、市民の権利と自由を圧迫していた。そうした発想を根底から否定したのが、イギリスの哲学者ジョン・ロックである。彼は、人間には「神によって与えられた奪うことのできない権利」、すなわち「自然権」があると主張し、王権と教会の支配を脱する論理を展開した。

トーマス・ジェファーソンらが記した独立宣言には、イギリスのジョン・ロックの思想が色濃く反映されている
トーマス・ジェファーソンらが記した独立宣言には、イギリスのジョン・ロックの思想が色濃く反映されている

「独立宣言」には、このロックの理念に依拠した表現がみられる。「我々は、以下のことを自明のことと信じる。すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられたこと。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る」――と。ただし、ロックは自然権を「生命」「自由」「財産」と規定したのに対し、ジェファソンは「財産」に代わって「幸福の追求」という表現を用いている。ちなみに、福沢諭吉の「天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず」という言葉は、「独立宣言」の「人は生まれながらにして平等」という言葉を意訳したものである。

 さらに重要なのは、「独立宣言」はロックの理論に基づき「革命権」を主張しているという点だ。「独立宣言」の中に次のような一文がある。「政府が(統治される者の)合意に反するようになったときには、人民は政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有する」。これもロックの「革命権」をそのまま敷衍した表現である。

 後に成立するアメリカ憲法には「革命権」に関する記述はないが、こうした発想が、現在もアメリカ人の意識に大きな影響を与えているのは間違いない。古くは南北戦争、最近でいえば2021年1月6日の議会乱入事件などを見れば歴然としている。武力によって国家を覆すという考えは、独立宣言の中にうたわれているのである。

イギリス王政の否定

 そのうえで「独立宣言」は、イギリス王政を批判する。「現在のイギリス王政の統治は、度重なる不正と権利侵害の歴史である」と主張する。イギリスでは1688年に「名誉革命」が起こり、「権利の章典」が制定された。これによって王に対するイギリス市民の権利が保障されるようになり、議会の決定は王の権限より優先すると考えられるようになった。だが、アメリカの独立の狙いは、イギリスの絶対王政そのものを拒否し、植民地の権利を確立することにあった。

初代大統領ジョージ・ワシントンを記念して建てられたワシントン記念塔
初代大統領ジョージ・ワシントンを記念して建てられたワシントン記念塔

「独立宣言」は、「市民の自由と権利」に基づく「建国の理念」を表現したものである。「アメリカ革命」は、やがて「フランス革命」へと受け継がれていく。フランス革命では「自由」「平等」「博愛」の理念が掲げられた。そうした思想的な流れを受けたアメリカの独立であり、それは「アメリカ革命」なのである。「独立戦争」という表現の中には、そうした思想性は含まれていない。

 ひとつだけ付け加えておくと、ジェファソンは「独立宣言」の中に、イギリス王政の奴隷政策を批判する文章を書いていた。だが最終的に、その文章は削除された。建国の父たちは、奴隷貿易を中止すれば、奴隷制度は自然に消滅すると考えていたからだ。その結果、アメリカは奴隷制度を長期にわたって温存することになった。そのことが、長い期間にわたってアメリカ社会に深刻な影を落とすことになるのである。

「不法移民」という用語がもたらす大きな誤解

 さて、最後に「不法移民」という日本語が生じさせる、アメリカの移民問題への誤った理解について論じよう。

 アメリカにとって「移民問題」は深刻な問題である。日本のメディアは、移民の問題について「不法移民」という用語を用いて報じる。この「不法移民」という言葉には犯罪者という意味合いが含まれる。そのまま英語にすると「illegal immigrant」である。だが、アメリカで「illegal immigrant」という表現が使われるケースは少ない。多くのアメリカのメディアは「undocumented immigrant(書類の揃っていない移民)」「unauthorized immigrant(正式な許可を得ていない移民)」といった表現を使う。

 言葉のニュアンスは極めて重要である。日本では、こうした違いを意識することなく、無神経に「不法移民」という言葉を用いている。そのためアメリカ社会における移民問題の本質を見失っているのである。

 アメリカは、移民なくしては存在し得ない国である。アメリカでも出生率の低下が見られており、今後ますます移民労働への依存が高まるだろう。特に、レストラン業界やホテル業界は移民労働に依存している。アメリカの観光産業を支えているのは移民労働である。

 トランプ大統領は移民を保護する「聖域都市(sanctuary city)」に圧力を掛け、移民保護を中止させようとした。もともと「聖域都市」は、逃亡奴隷を保護するために作られたものである。現在では、聖域都市は正規のルートで入国できなかった移民に対して市民としての生活や権利を保護する活動を行っている。こうした事実を抜きにしてアメリカの移民問題を議論することはできない。

中岡 望(なかおか のぞむ)

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など

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