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大反響 BTSが世界最強になれた理由 世界中を魅了する7人の軌跡・後編

国連総会のイベントに参加したBTSのメンバーたち=米ニューヨークの国連本部で2021年9月20日(代表撮影)
国連総会のイベントに参加したBTSのメンバーたち=米ニューヨークの国連本部で2021年9月20日(代表撮影)

 BTSは米の音楽シーンに歴史を刻んだ東アジア人初のグループとなった。それはなぜ果たされたのか。7人の誰もが個性や才能を発揮できる関係性を作り、男らしさの枠組みを変えたその魅力、ダンスと歌で世界の人々の心を救った軌跡を解剖する。

 時代に必要とされた「男らしさ」の解体を具現化

 BTSは米ビルボード・ホット100で通算10週1位を記録し、さらには保守的と知られる米グラミー賞にも、韓国人グループながらノミネートされた。それだけで偉業といえるが、加えて欧米では近年、「第2のビートルズ」との声も上がる。それはBTSが、音楽で世界を変えるほどの社会的影響力やインパクトを持つと考えられているからだ。

 2018年、国連本部。ユニセフはBTSと「LOVE MYSELF(私自身を愛そう)」キャンペーンを展開した。リーダーのRMが、「出身や肌の色、ジェンダーに関係なく誰もが自分を愛し、自分の声をあげよう」と呼びかける。その普遍的メッセージは一編の詩のように美しく、率直で力強く、世界の人々の心を揺さぶった。『BTSを哲学する』(かんき出版)の翻訳家・桑畑優香さんは語る。

「BTSは欧米の大都市ではなく、東アジアの韓国の地方都市出身です。その姿が世界中の子供たちに希望を与えると考えられた。また彼らが常に発する等身大の声が、ユニセフの目指すものと重なったのでしょう」

 苦悩や挫折をさらけだした「成長」ストーリー

 事務所ハイブの代表であり、BTSの音楽プロデューサーであるパン・シヒョク氏は韓国のテレビ番組「明見萬里」でこう話す。

「BTSは成長という価値を大切にしてきました。アーティストとしての成長、社会構成員としての成長です。夢見る平凡な学生がアイドルデビューし、夢とは異なる現実に挫折もし、スターになる過程を経て、彼らの率直な悩みが音楽に込められました。彼らの内面のメッセージが同世代のファンの心に届いたのです」

 BTSはメンバーが作詞を手掛ける。親との確執や葛藤、社会的差別や偏見への反抗、アイデンティティーの喪失と確立。そこに世界中の若者たちが自身の姿を重ねて、「ARMY」と呼ばれるファンの輪が草の根的に広がっていった。

「BTSには誰もが自分を投影してしまう。100万人いれば、好きになった理由や物語も100万個あると言われます」(桑畑さん)

 その共感性は歌詞だけにとどまらない。BTSはデビュー当初からSNSを使い、日常の自分たちの姿を公開してきた。大笑いし、落ち込み、互いに意見を言いあう7人はまるで兄弟の如(ごと)く運命共同体だ。その映像から滲(にじ)み出る人柄にも、多くの人が魅了された。

「K―POPはデビュー前の練習生の時は合宿生活を送るのが一般的です。BTSも例外ではありません。サバイバルゲームのような過酷な競争の中で10代の子が一緒に暮らすと、やはりトラブルが起こる。その時にどう行動するかを見て、性格のいい子だけを集めるとも言われます」(桑畑さん)

 作家でBTSファンを公言する白河桃子さんも、その魅力をこう話す。

「アイドルというのは本来は虚像であり、彼らの血と汗、ファンとスタッフと時代が一緒に作り出す奇跡の時間です。でも、葛藤や弱さまで見せてくれるからこそ、ファンはライブで実際に彼らを見た時、『微塵(みじん)も裏切られることはなかった』と言います。驕(おご)らず努力を続け、強大なその自分たちの影響力をなるべくポジティブな方向に役立てようとする性善性も感じます」

 組織マネジメントに欠かせない「心理的安全性」の高いチーム

 韓国のK―POPグループの多くが過去、分裂や解散を逃れられなかった。しかしBTSは13年に結成以来、7人での活動を継続してきたという意味でも稀有(けう)な存在だ。その関係性には、近年ビジネス界でも注目される「心理的安全性」があるとも、白河さんは指摘する。

「心理的安全性とは、チームワークや生産性の根幹となるものです。大切なのは、チームの中で自分の考えや気持ちを誰もが安心して発言できること。拒絶される、罰せられる心配のない状態です。BTSはこれが実践できている。まず互いに誉(ほ)めあう。誰かが否定すると、必ず別の人が肯定する。うまく話せないメンバーには『言いたいことがあるんじゃない?』と声をかける。それによって全員が自分の個性や才能をのびのびと発揮し、前人未踏の領域まで辿(たど)り着いたのです」

 そんな彼らの有り様は、従来の社会的「男らしさ」の価値をも解体してみせた。

「BTSは喜びの涙も悔し涙も流します。これまで男性は感情を抑えて理性的に振る舞うべきだとされてきました。でも、彼らは自分の弱さを見せることができる。BTSファンの米国人は、『もうマッチョな男はうんざり』と言っていた。BTSはそんな女性たちの心を捉え、男性像の定義をも変えたのです」(白河さん)

 元映画プロデューサーでセクハラにより告発されたハーヴェイ・ワインスタインやトランプ前大統領に象徴される家父長的かつ権威主義的な男らしさと、BTSは真逆に位置する。こういうマッチョな男性たちは、富や地位、支配的な男らしさを誇示することが女性への魅力になると考えていた。しかし「全員が女顔」(白河さん)のBTSはメイクを施し、アクセサリーで身を飾り、フリルの衣装を着る。そのうえ彼らはキュートで優しい。ファンに向けて魅力的な視線を送り、投げキスをし、両手でハートマークを作ってみせる。

「BTSは男同士で頭をくっつけあったり、バックハグをしたりします。そういう振る舞いは欧米の男性はやりません。でもそれも作られたコンセプトではなく、彼らの内面から出たものなのです」(桑畑さん)

 東アジア人の地位も向上

 そんな新たな男性の魅力を世界に向けて創出したのが、東アジアの男性だったのも衝撃的だったと白河さんは言う。

「アジア人の男性がモテないというのは海外では定説です。BTSのように白人の女性にキャーキャー言われるなんて信じられないと、長く欧米で暮らした友人たちほど驚いています。彼らはアジア人の地位向上の役割も果たしました」

 欧米ではアイドルは若者向け文化だ。だがBTSには大人の女性ファンも多く、夫婦ともにBTS好きという声も聞く。そして米国の子供たちは、学校でそのダンスを必死で真似(まね)ている。

「BTSも当初は『ファンは女や子供が中心』と、白人男性主体の音楽業界では冷たい眼差(まなざ)しで見られていました。でも現在は人種や性別を超えた多様なファンに世界中で支持される。それはBTSの素晴らしさを発見し〝推し〟てきた、購買力や発信力を含めた女性パワーのすごさの証明であり、彼女たちの勝利を謳(うた)うものでもあると私は思っています」 (白河さん)

 15億回再生されたMVの映像美

 そんな社会現象を巻き起こすことができたのも、BTSは音楽面でも卓越していたからだ。その一つの特徴が、韓国語の歌詞である。韓国語にこだわり続けたのは「自分たちの言葉で語り、歌うことを大切にするなら、やはり母国語である必要があった」(桑畑さん)からだ。

 字幕が使える映画と違い、言葉の壁のある音楽は、どれほど曲が良くても世界で成功するのは難しいと言われてきた。BTSの場合、それを補ったのがミュージックビデオ(MV)による視覚的要素だった。最近は、新曲発売後は多くの人がまずMVと接する「観る音楽の時代」。BTSはその象徴でもある。数千万円もの費用をかけるMVは常にクオリティーが高く、15億回も再生された曲もある。パン氏は前出のテレビ番組で話す。

「MVとアルバムの制作ではこのうえなく完成度にこだわってきました。BTSは、アルバム制作期間中は没頭できるよう、他の活動をすべて停止します。経済的価値を時間単位で考えれば、多大な損失だという意見もある。でも当初から私が最も大事にしたのは、BTSはすべてに完璧なまでの完成度を求めるということです」

 魅力的な外見と人柄、映像美のMV、世界トレンドを反映した音楽、圧巻のダンスパフォーマンス、SNS。これらをトータルパッケージで提示して、BTSは世界的スターとなった。そうして絶頂期を迎えた今年6月、動画「防弾会食」でグループ活動の自粛を発表したのだ。その理由をメンバーは「歌詞が書けない」「自分を成熟させる時間がない」「どんなチームかわからなくなった」と語った。

「BTSは自分たちの言葉で訴求してきたグループです。その言葉が出ないなら、休むことも必要です。自分の中が枯渇する、空っぽになるのは、多くの人に求められる立場の仕事の宿命でもあります。通常アイドルグループは短期で結果を出すために過酷なスケジュールでアルバムを出し、ツアーをする。でもそんなアイドルビジネスだったからこそ広く訴求して多くの人に発見されたし、コロナ禍で世界中が辛(つら)い時代に、歌で人々の心を救った。そんな多くのファンの支えになった彼らだから、誰のために、何のために音楽をすれば個人としても幸せになれるのか、ここで考える時間があってよかったと思います」(白河さん)

 じつはBTSは本来、20年のデビュー7周年記念アルバム「MAP OF THE SOUL 7」でワールドツアーを行い、活動に区切りを付ける予定だった。しかしコロナ禍でツアーをすべてキャンセルせざるを得なくなる。その状況下で、チャートや話題性を狙ってみようと出した初の全編英語曲「Dynamite」が米ビルボードで1位になり、予想以上に人気が出て、活動を継続する形となった。その間のBTSの変化を音楽評論家の丸屋九兵衛さんはこう解説する。

「全編英語曲の『Dynamite』と『Butter』は外注で作られています。特に前者は70年代末のディスコ調だった。こういう曲はK―POPでは常道で、〝なぜ今さらBTSが〟という気持ちもありました。米国の黒人の耳にもR&B的に聞こえると評判だった、彼ら自身が主導で作った従来の曲のレベルが高かったからです。結果としてシングルチャートでも全米1位を獲得するという目的は果たせましたが、こうした外注曲のヒットがBTSに幸福をもたらしたのかどうか、今となっては疑問です」(丸屋さん)

 歌とダンスで世界を救う

 そんなメンバーの悩みや戸惑い、決断と意志を事務所も尊重したと考えられる。BTSが世界的現象になったあと、テレビ番組でパン氏はこう語っているからだ。

「成績や記録に執着したくない。音楽はオリンピックではない。順位や記録を語り始めた瞬間に、私たちは音楽をやる人ではなくなってしまう。常に届けるメッセージに集中しよう。それは率直でありたい。今までやってきたことを今後も一生懸命続けていこう」

 ここには、チャートにこだわる姿勢は見られない。白河さんは、BTSの今回の決断を評価する一人だ。

「この時期に1回ストップをかけることができたのは、彼らの実力と思慮深さがあったから。一度構築されたよくできたシステムを壊すというのはどんな分野でも難しいし、大変な決断です。でも、最強のチームだからこそ逆にできた。BTSは〝創造と破壊〟を繰り返し、今まで誰も見たことのない景色を見せてくれると期待しています」

 そうとはいえ、ファンの中には「もう二度とあのハイレベルなダンスは見られないのではないか」と寂しがる声もある。今年中に最年長のJINは兵役が予定される。全員が兵役を終えた頃には30代に突入するBTSに、果たしてあの華麗なパフォーマンスは望めるのか、と。だが、BTSのダンス解説もする振付師のマロンさんはその未来を肯定する。

「ダンスというのは身体(からだ)全部を使って人間性を表すものです。BTSはダンスの技術も恐ろしく高いけれど、それに加えて表現力が素晴らしい。たとえばRMはリーダーらしい重心の低いどっしりとした踊りで、Ⅴは小悪魔的、JIMINは柔らかく美しいといったように。他のチームと違うのは踊っている時も一人一人のキャラが立っていて、全員がスーパーヒーローのように見えること。本当に豪華絢爛(けんらん)です。ダンスは結局は人間表現なので、その彼らが年を取っても、違う形できっと僕たちを魅了してくれると思います」

 そのうえBTSのダンスや人間性からは「精神的なヒーロー性も伝わってくる」とも話す。

「マイケル・ジャクソンは歌とダンスで本気で世界を救えると思っていました。僕は、BTSにもまったく同じ志を感じます。彼らはその歌とダンスで、今後も世界を変えていくでしょう」

 ソロ活動に重心を移していくBTSはそれぞれが違う個で輝き、再び結集して、必ずや新たな魅力と価値の創造者となることだろう。

(本誌・鳥海美奈子)

 参考文献『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』(柏書房)著者/キム・ヨンデ、翻訳/桑畑優香、『BTS オン・ザ・ロード』(玄光社)著者/ホン・ソクキョン、翻訳/桑畑優香、『BTS ICONS OF K-POP 史上最高の少年たちの物語』(青春出版社)著者/エイドリアン・ベズリー、翻訳/原田真裕美

(「サンデー毎日2022年9月4日号」掲載)

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