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佳子さま「歯科医交際」の『女性自身』は偽情報 社会学的皇室ウォッチング!/45=成城大教授・森暢平
佳子さまの私生活に踏み込むのは本意ではない。だが、何かおかしい。『女性自身』(8月23・30日合併号)の「本命恋人報道」である。結論から先に書けば「佳子さま 本命恋人はエリート歯科医」とする内容は偽情報である。佳子さまと若手歯科医の「交際」の事実は全くない。
『女性自身』は、都内の住宅街にある歯科医院に佳子さまが7月6日に訪問したと伝えた。到着は午後6時半で、診療スペースの電気が消えて1時間たった午後9時に佳子さまが医院を出たとある。帰りの場面の隠し撮り写真も1面グラビアに掲載された。
『女性自身』は、佳子さまの「本命恋人」はこの医院を経営する院長のご子息Aさんだと断ずる。そして、「若先生」として家業を手伝うAさんは佳子さまと学習院の同クラスだったことがあると続けた。両親である院長夫妻も学習院出身という情報も加わり、交際は「両親公認」とまで踏み込んでいる。
複数の関係者に確認し、佳子さまと若手歯科医Aさんは恋人関係にない、とはっきりと断言できる。佳子さまは、Aさんの父親である院長に歯の治療をしてもらっていただけだ。
治療を受けた日は水曜日で、診療時間は午後8時まで。その後の1時間は院長夫妻と懇談していたのだろう。帰りが、夜遅かったのも何の不思議もない。
そもそも『女性自身』が撮影した写真で、お見送りするのは院長夫妻だけだ。それは、恋人に会うために「お忍び訪問」したのではなく、秋篠宮家とも親しい院長夫妻と診療後に懇談し、見送られただけであることを示している。この日に、医院にAさんがいたのかすら明確ではない。
『女性自身』は、七夕前夜に「隠密で外出を敢行されたのは〝どうしても会いたい人〟がいたからだ」とまで書く。院長が「お答えする必要はありません」と繰り返したことを根拠に、佳子さまとAさんの交際を否定しなかったと断じる。
事実でない報道をされた佳子さま、個人情報を晒(さら)されたAさん、さらにお二人のご家族の心情を想像すると、本当に心が痛む。
名誉侵害の報道被害
これは報道被害である。報じられた人の生活、名誉が侵されていると私は思う。
少し取材をすれば、佳子さまとAさんが恋人関係にないことや、ご訪問が治療目的だったことはすぐに分かるはずだ。その事実をつかめなかったとしたら『女性自身』は報道機関として取材不足だし、知っていて書いたとしたらフェイクニュース生産機関と批判されても反論のしようがない。どちらにしてもあるまじきことだ。
『女性自身』の記事について否定的な情報を挙げたのは、「さまざまな情報を総合すると、Aさんは単なる同級生、友人か、あるいはかかりつけの歯科医に過ぎない、ということか」と書いたデイリー新潮(8月23日)、交際否定の院長談話を伝えた『週刊新潮』(8月25日号)など少数のメディアしかない。しかも、否定情報は目立たないように書いてある。宮内庁の記者クラブである「宮内記者会」に所属する大手メディアは1行も報じていない。
これには難しい面がある。女性週刊誌にいちいち反応していたら、誤報にも「お墨付き」を与えてしまう懸念がある。しかし、情報の空白があるために、「本命恋人報道」を事実だと今なお勘違いしている人は多い。9月婚約説まで出回っているが、100%あり得ない。
院長の否定コメントに対し、ある大学の名誉教授は「皇室へのご遠慮から、相手方が縁談話に否定的なコメントをすることは考えられ、今後の成り行きはわからないでしょう」と話している(『週刊女性』9月6日号)。結果として偽情報に保証を与えてしまっており、専門家として勇み足ではないか。
宮内庁はたしかに公的に沈黙している。プレジデントオンライン(8月18日)で『週刊現代』の元木昌彦元編集長は「宮内庁がこのまま沈黙を守るということになれば、暗黙のうちに2人の交際を認めたということになるのではないか」と書いた。だが、沈黙は肯定ではない。「間違った報道の全てに反論していては際限がない」という、令和皇室の方針に沿った従来措置である。
この方針に私は疑問を持つ。なぜなら先ほども書いたとおり、佳子さまの「恋人報道」を信じる人が多いからだ。皇室をウォッチする私に対して「佳子さま、ご結婚が近いようで、良かったですね」と声を掛けてくれた人がいた。だが、良い状況だとは全く思えない。通院しただけで「本命恋人」などとウソを書かれてしまったら、おちおち外出もできない。今後、佳子さまの「歯医者に行く自由」も侵害されかねないと私は思う。
この数年、とくに女性週刊誌の皇室報道はタガが外れている。虚実ないまぜの「売らんかな」の記事が量産されている。大手メディアがファクトチェックもしないから、書き放題状態になっている。
佳子さまらしく
佳子さまは3年前(2019年)に国際基督教大学(ICU)を卒業する際、宮内記者会から「(交際の)お相手はいらっしゃいますか」という文書質問を受けた。これに対する答えは「相手がいるかについてですが、このような事柄に関する質問は、今後も含めお答えするつもりはございません」であった。
もっともだと思う。どのような相手と交際しようが、あるいは逆に、特定の人とはお付き合いしなかろうが、佳子さま自身の意思に委ねられる。姉・眞子さんについて、佳子さまは「結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています」と書いた。これは当然、佳子さまにも当てはまる。
相手がどのような人であろうがなかろうが、詮索すべきことなのだろうか。日本のメディアの伝統である「ご婚約奉祝報道」は見直される時期に来ていると私は考える。それよりも、佳子さまが佳子さまらしく生きていく環境をどう整えるかを皆で考えるほうがよほど重要ではないだろうか。
佳子さまは、『女性自身』の「恋人報道」とネットの反応を読んで、悲しみ苦しんでいるに違いない。そこに思いを寄せたい。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など