東京電灯の破綻から山一の廃業まで、企業とステークホルダーの関係性をたどる=評者・平山賢一
『事件から読みとく日本企業史』 評者・平山賢一
著者 武田晴人(公益財団法人三井文庫常務理事・文庫長) 有斐閣 2970円
「効率性」と「営利性」を追求した先に現れる本質
本書は、利益追求の度が過ぎて、事件に発展する事例が多い企業の歴史を取り扱う。日本企業を明治維新直後に「大資本を要する世界資本主義経済に接し、之(これ)に対応するため、速成的に人為的に粗製濫造(らんぞう)せられたもの」と論じる高橋亀吉著『株式会社亡国論』(1930年刊行)を援用しながら、日本初の電力会社、東京電灯の経営破綻問題を取り扱う筆致など、世界経済との関係から現代にもかなった見解を提供しているといえよう。他にも、地域社会との関係を問われた19世紀末の足尾鉱毒事件や投機的利潤追求が狂乱を呼んだ90年代の住専問題、山一証券の自主廃業など、多くの事例を紹介している。
近年、企業は、株主だけでなく「幅広い利害関係者(ステークホルダー)に配慮した経営」をしなければいけないとの声が大きくなっている。これは「企業は株主のもの」として短期的な営利性を追求する株主主権論に対する批判として位置づけられる。注意すべきは、この声もさまざまな歴史的経緯をたどり、現在の社会経済環境だからこそ成り立つ議論であり、条件次第では修正を余儀なくされるということである。われわれは、企業史を学んだ上で、共通点と相違点を見極める必要があるわけだ。それだけに、上滑りの企業の本質についての議論に深みを与える点で、本書の価値は大きいといえよう。
企業を巡る事件を通して、読者は、ステークホルダーとの関係性が変化してきているのを改めて認識するだろう。企業は、無視し続けた公害を巡り地域住民・環境との共生を図るように変わり、労働運動で対立が先鋭化したこともある従業員と共同歩調をとるようになっている。21世紀に唐突に企業観が変化したのではなく、歴史の積み重ねの延長に現在があることを忘れてはいけない。
では、企業史を読み解くうえで重要な視点は何か? 著者は、「効率性」と「営利性」を峻別(しゅんべつ)して企業を捉えるべきと説く。企業の目的は、財等を効率的に生産して社会的役割を果たしていくことであり、営利の追求はその「目的を実現するための手段」に過ぎないとの言葉は重い。
一方、生産のための効率性をないがしろにすべきではなく、戦時にあって、株主への配当は制限されたものの、経営者たちにインセンティブが付与され、企業活動の潤滑油となった点は忘れてはならない。確かに経営者は、完全な情報のもとで効率性を追求できるわけではないが、極端な経済統制期にも効率性が追求されていたとの事例に、企業の本質が隠されているとも読み解けよう。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
たけだ・はるひと 東京大学名誉教授。経済学博士(東京大学)。『異端の試み 日本経済史研究を読み解く』『日本経済史』など著書多数。2020年、『日本経済の発展と財閥本社』で日本学士院賞受賞。