冷戦時代の開発支援と被支援の国際関係を詳細に考察=評者・上川孝夫
『グローバル開発史 もう一つの冷戦』 評者・上川孝夫
著者 サラ・ロレンツィーニ(伊トレント大学大学院正教授) 訳者 三須拓也、山本健 名古屋大学出版会 3740円
現在のウクライナ情勢にも影を落とす「援助」を巡る東西の駆け引き
ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の分断をもたらし、「新冷戦」が到来したとの見方が強い。第二次世界大戦後、約40年続いた「冷戦」では、米ソが直接戦火を交えることはなかったが、東西陣営の深刻な対立が続いた。両陣営はそれぞれ後進地域などへの対外援助を積極化し、さまざまな開発プロジェクトを展開する。本書はこのグローバルな開発が、冷戦構造にいかに深く組み込まれていたかを詳細に考察している。
冷戦というと、米ソ二極の枠組みで捉えられやすいが、著者は、冷戦時代の開発には、超大国間の競争に限らず、旧植民地に利害を持つ欧州や、「第三世界」と呼ばれた開発途上国、さらに国際機関や専門家など、さまざまなアクターが関与していたとして、より広い視野からアプローチしている。資料や文献も大量に渉猟されており、読み応えがある。
冷戦が開始されたころ、米国はマーシャル・プランなどを通じて、冷戦を対外援助と結びつけ、民主主義の効用を説いた。一方、ソ連は友愛や連帯による平等な協力体制、産業の発展を約束し、社会主義の優位性を示そうとした。東西関係に翻弄(ほんろう)されたくない第三世界は、独自の理念を共有し、中立をうたう。冷戦は仲間を獲得するための綱引きであり、イデオロギー競争でもあったが、同盟国同士が激しく対立するなど、複雑な様相も見せたという。
本書には戦後の新中国も登場する。中国は援助受け入れ国であると同時に供与国であり、戦後の早い段階からアフリカへの援助や、第三世界におけるソ連との影響力争いに加わっていたことが注目される。大国化する近年の中国との比較もある。
冷戦時代の開発援助では負の遺産も無視できない。例えば、開発援助が独裁的な政府を育み、人権侵害や地域の不安定化を引き起こした事例がある。1970年代には資源不足や人口爆発に加え、地球環境問題が出現する。特にベトナム戦争は「環境破壊戦争」だと非難された。第三世界は「新国際経済秩序」の樹立を求め、国連のセミナーでは「持続可能な開発」概念の萌芽(ほうが)も生まれる。今日的なテーマへの言及が多いのも本書の特長だろう。
注意すべきは、冷戦終結後の世界においても、冷戦が深い影を落としてきたことだ。例えば、アフリカに対する米中やロシアの関与には、冷戦時代の思考や被援助国との伝統的なつながりが引き継がれていると著者は指摘する。ウクライナ情勢にも冷戦の残像が残る。国際関係の今を考えるうえでも有益な書物である。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
Sara Lorenzini 1974年生まれ、イタリア出身。フィレンツェ大学にて国際関係史博士号取得。冷戦史、欧州統合史が専門。女性のリーダーシップと持続可能な開発概念の誕生に関するプロジェクトに取り組んでいる。