書店と出版社が直面する最低賃金引き上げという新たな課題=永江朗
最低賃金(時給)の目安額が8月2日、厚生労働省中央最低賃金審議会の答申で決まった。全国加重平均は31円引き上げて961円となった。過去最大の引き上げだという。最も高い東京都は1072円に、最も低い高知県と沖縄県は850円になる。最低賃金の引き上げは良いことだと思うし、もっと引き上げるべきだと筆者は考える。とはいえ、出版業界をミクロで見ると、この3.3%の引き上げが与える影響は大きい。
募集広告などを見ると、大手チェーン店も含めて書店の多くがその都道府県の最低賃金ギリギリの時給でパート・アルバイト従業員を雇っていることが分かる。在籍年数などによって昇級する書店もあるが、その額はわずかなものだ。小売業の賃金は全産業の平均よりも低く、書店は小売業の平均よりもさらに低いといわれる。
書店の賃金が最低賃金と同じかわずかに上回る程度にとどまっているのは、書店経営者が強欲だからではなく、高い賃金を払えないからである。一般小売業の利益率の平均は40%弱だが、専業書店の利益率は23%程度しかない。
書店経営者にとって、最低賃金の引き上げは頭の痛い問題だ。たしかに出版物の価格もこの10年は少しずつ上がっている。2021年の平均価格を前年と比べると新刊書籍が2.8%、雑誌が2.4%上昇している(出版科学研究所『出版指標年報2022』)。しかし、価格が上がったところで利益率は変わらないから、利益の額もわずかしか増えない。
多くの書籍・雑誌は出版社との再販売価格維持契約により小売価格を拘束されている。最低賃金が引き上げられたからといって、書店は書籍・雑誌の価格に上乗せすることはできない。新刊市場が拡大している時代は売り上げを増やすことで人件費増に対応できたが、今は無理だ。
再販制のもとで価格を決定している出版社には、書店の経営が成り立つ利益配分を行う責任がある。引き上げられる賃金に応じて、書店の利益率を上げるか、利益の額が増えるよう価格を上げたり、あるいはその両方を同時に行ったりする必要があるだろう。
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