筆者全員に強い自信とパイオニア意識 読んで明るくなれる一冊=評者・小峰隆夫
『使える!経済学 データ駆動社会で始まった大変革』 評者・小峰隆夫
編者 日本経済研究センター 日経BP 2200円
「実装」の学問となった経済学 具体的応用事例を解説
経済学を「実装する」と言うようになったのはいつごろからだろうか。私が大学で経済学を学んだ頃には、「経済学を身に付ける」とは言っても、「実装する」とは言わなかった。
それには理由がある。経済学の「役の立ち方」が質的に変化したのである。私が学んだ頃は、比較優位など経済学ならではのものの考え方を身に付け、経済・社会現象をよりロジカルに理解したり、経済政策の是非を論じる力を身に付けて、社会的意思決定に参画したりするのに役に立ってきた。一方、学生諸君がしばしば誤解するように、「経済学を勉強すればお金がもうかる」ということはあまり期待できない世界だった。
しかし、今や経済学は、直接的にビジネス上の利益をもたらし、効率的な行政運営を実現する手段となってきた。経済学者は、エンジニアのように、汎用(はんよう)的な技術を身に付けて、企業や政府にアドバイスするようになった。経済学を「実装」するかどうかで企業や行政のパフォーマンスに差が付くようになったのである。
本書は、こうした経済学の実装・普及に活躍している第一線の8人の経済学者が登場して、実装される経済学の内容や実際の応用例を解説したものである。一般向けの講演シリーズを元にまとめられているので大変読みやすくできている。
経済学が役に立つ例の一端を紹介しよう。市場が存在しないところで、効率的な資源配分を実現できるような制度を構築しようというマーケットデザインの分野では、既に、ワクチンの配布、保育園の入園調整などで実用化が進んでいる。これまで、企業側にも従業員側にも何かと不満の種となってきた人事配置についても、正直者がばかを見ないような制度を設計することにより、企業も従業員も満足度が高まるような配置が可能となってきた。
経済学の実証分析で使われてきた因果推論や構造推定を使って、広告と売り上げの関係をより正確に測定したり、需要関数を推定することにより、新商品を発売する際の最適な価格設定を吟味することもできる。
評者にとって唯一残念なのは、財政・金融政策、規制緩和、弱者救済などの公共政策の分野では、データの分析・活用も、経済学の応用も遅々として進んでいないことである。
登場する経済学者全員の話しぶりからも、経済学の現実適用についての強い自信と、先頭に立って未来を開くのだというパイオニア意識が感じられ、評者は、読んでいて気持ちが明るくなった。多くの人に同じ思いを共有してほしいものだ。
(小峰隆夫・大正大学教授)
編者は日本経済の発展に寄与することを目的に作られた非営利研究機関。本書で実際に解説するのは、坂井豊貴(慶応義塾大学教授)、渡辺安虎(東京大学教授)、成田悠輔(エール大学助教授)ら総勢8人。