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教養・歴史書評

通説を覆す一冊 関心のある章だけでも読むべき大著=評者・藤好陽太郎

『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略 いかに世界を支配しているのか』 評者・藤好陽太郎

著者 アニュ・ブラッドフォード(コロンビア大学ロースクール教授) 白水社 6380円

世界の規制の覇者EU 米中らが従う謎を解き明かす

 英国の欧州連合(EU)離脱やロシアのウクライナ侵攻をめぐる軍事的結束力の弱さを背景に、EU衰退論がくすぶる。本書は弱点を認めつつも、EUが規制の世界的な覇者であることを論理的かつ実証的に記す。

 昨年の東京五輪では、日本の農作物が提供されない懸念が生じた。農産物の安全性などの国際認証「グローバルGAP(農業生産工程管理)」の取得が条件だったが、普及が遅れたためだ。難易度を下げた都道府県のGAPでどうにかクリアしたが、1990年代にEU基準に基づき始まったGAPの規制は、世界の農業に大きな影響を与えている。

 著者は、グローバルな市場を規制するEUのパワーを「ブリュッセル効果」と名付ける。ベルギーのブリュッセルにはEUの欧州委員会など多くの機関がある。効果が成り立つ条件は、巨大な輸入市場であること、域内の消費者が厳格な基準を求めることなど。本書はデジタル経済や食品安全、環境保護などで、世界がEUに従う謎を解き明かす。

 例えば、個人データを保護するEUの一般データ保護規則(GDPR)を、米企業は保護主義的でコストもかかると反対。だが、米アップルなど大半の企業は結局、従った。本書は、「約120カ国がプライバシー法を採択し、その多くがEUデータ保護の体制と類似している」と書く。

 評者がロンドン勤務の頃、さる日本政府高官は、EUは環境分野などで世界支配をもくろむと警戒していた。その警戒は対象がぼやけていたが、本書は、ルールや規制の支配を詳述。規制の多くはEUの押し付けではなく、市場原理を通じ、グローバルな規制に転化されると明かす。

 一例だが、域外の多国籍企業はEUに輸出したければ、厳しい規制に従う必要がある。そして企業は、競争で不利にならないよう本国市場にも厳しい規制を求めるのだ。米中も規制ではEUにかなわない。米国は、国際的役割を放棄し、EUの規制パワーはむしろ強まっている。中国は規制ではEUの比ではない。

 ブリュッセル効果は食品の安全など便益を生む。多国間協力の停滞が目立つ中、これを補うEUパワーにも期待したい。ただ、企業にはコスト増で、消費者に負担が課される負の要素もある。世界の分断につながりかねず、負担の軽減が必要だ。

 通説を覆す一冊でもある。米企業の合併阻止などで米政府はEUを指弾してきたが、実は米国の方が保護主義的と示しているのも、これにあたる。大著だが、関心ある章だけでも読まれることをお勧めしたい。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


 Anu Bradford 1975年生まれ。ヘルシンキ大学大学院で法学修士号、米ハーバード大学ロースクールで法学博士号を取得。2014年からコロンビア大学ロースクールで国際法・国際機構論教授と欧州法研究所長を兼務している。

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