アメリカ南部出身の黒人共和党議員の自伝が予想外の売れ行き=冷泉彰彦
敵を作らない腹芸の持ち主 24年大統領選への待望論も
意外な政治家の自伝が売れている。サウスカロライナ州選出のティム・スコット上院議員(共和党)による『アメリカ、救済のストーリー』は、8月9日に発売されるとアマゾンの「最も売れた本、ノンフィクション部門」で1位につけ、その後も上位にとどまっている。スコット議員は、この秋の中間選挙で改選となるため、選挙運動の一環としての出版という解釈もできるが、全米でここまで売れているというのは予想外の現象だ。
スコット議員の特徴は、アフリカ系黒人の政治家として、南部出身、南部選出としては極めて珍しい共和党の保守派という立ち位置につけているということだ。自伝の中でも、木綿農業に従事していた家の3代目として育った貧しい少年時代のことが描かれている。だが、多くの黒人政治家が民主党に属して権利主張の道を歩むのに対して、スコット議員は共和党に属して「分断を乗り越える」活動をしてきたとしている。
では、どうしてそんなスコット議員が注目されているのかというと、極端なトランプ派ではない一方で、トランプとその支持者を敵に回さないという名人芸のような姿勢が目立っているからだ。例えば、本書の中でもトランプ大統領については、ページを割いて称賛している。だがよく読むと、トランプは自分の母親をほめてくれた、つまり自分のことはほめてくれてはいないと書いてみたり、物議を醸している2020年の選挙結果については、トランプの立場に理解を示しつつ、選挙不正の新たな証拠が出てきたら検討は大歓迎だ、などと現時点では選挙不正の証拠はないことを暗に示したり、かなり高度な腹芸を使っている。
前副大統領のマイク・ペンス、そして元国連大使のニッキー・ヘイリーなど、トランプ政権の内部を知りつつ、過激化した現在のトランプ派とは一線を画している政治家たちが、このスコット議員を高く評価している。そのスコット議員には、24年の大統領選への待望論がある。例えば、副大統領候補としても魅力的という評価もあり、今後は中央政界における「分断」を埋めていくキーパーソンに化ける可能性もある。そんな観点で読むと、大統領への野心も感じられ、読み物としてはスリリングだ。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。