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73人の元首が集まった英国 日本は7人 国葬とは何か 社会学的皇室ウォッチング!/48=成城大教授・森暢平

英エリザベス女王の国葬の前日、チャールズ英国王と握手を交わす天皇陛下(ロンドン・バッキンガム宮殿で9月18日=英国外務省提供)
英エリザベス女王の国葬の前日、チャールズ英国王と握手を交わす天皇陛下(ロンドン・バッキンガム宮殿で9月18日=英国外務省提供)

 英エリザベス女王の国葬(9月19日)は荘厳だった。各国からの代表団は約500人で、元首が多い。安倍晋三元首相の国葬をこれと比較するのは酷であるが、やはり見劣りしてしまう。

 ウェストミンスター寺院での国葬に出席した国は、167の国・地域であった。現役の君主(国王など)は、日本の天皇陛下を含めて18人。大統領など非君主の元首は55人で、合わせると現役国家元首は73人となる。国連加盟国は193カ国だから、世界の多くの国のトップがロンドンに集結したことになる。これに加え、行政府の現役トップ(首相)25人もいた。本国からの要人派遣ではなく、駐英大使などの対応となったのは、23カ国に過ぎない。

 9月27日の安倍国葬を同じように数えると、現役君主はヨルダンのアブドラ国王、カタールのタミム首長の2人である。スリランカのウィクラマシンハ大統領、ベトナムのフック国家主席、パラオのウィップス大統領、コモロのアザリ大統領、トーゴのニャシンベ大統領を加え、国家を代表する元首は合わせて7人で、エリザベス国葬の73人と比べると寂しい。

 もっとも、安倍国葬でも首相はカンボジアのフン・セン、インドのモディ、韓国の韓悳洙(ハン・ドクス)、シンガポールのリー・シェンロン、豪州のアルバニージー、カナダのトルドー、バーレーンのサルマン(皇太子を兼務)ら19人が訪れる。ある程度の実務者協議はできそうで、岸田文雄首相の面目は何とか保たれた。

 政府は9月22日、安倍国葬に出席する218の国・地域・国際機関を公表した。国際機関を除くと、国・地域は176となり、英国での国葬とほぼ同じである(英国では、国連非加盟のニウエなどをカウントしていないほか、ロシア、軍事政権のミャンマー、内戦中のシリアなどを招待しておらず、日本の方が出席国が多くなった)。ただし、日本の場合、東京駐在の大使対応となる国が80カ国と多い。本国からの代表派遣は台湾を含め96の国・地域に限られる。エリザベス国葬と比較すると少ない。英国のメイ元首相、フランスのサルコジ元大統領、ドイツのヴルフ元大統領ら元職や、一般閣僚クラスが多いのも気になった。

合同葬と中身が同じ

 在位70年の君主であるエリザベス女王と、歴代最長とはいえ9年、それも国家元首ではなく行政府トップでしかない安倍元首相を比較するのは無理があるとの声もあるだろう。しかし、そこにこそ国葬とは何かを考えるヒントがある。

 英国では国王以外が国葬になる例は多くない。18世紀以降、過去300年間で11人である。万有引力の法則の科学者ニュートン、トラファルガーの海戦のネルソン提督、19世紀の著名な政治家グラッドストン元首相、第二次世界大戦中の指導者チャーチル元首相などである。お別れのための遺体安置、ウェストミンスター寺院までの葬列、寺院での儀式、埋葬……と国王の国葬と同じように遇される。

 1965年のチャーチル元首相の場合、行政府トップの葬儀であるにもかかわらず、世界の君主は9人が集まった。英王室がチャーチルに国葬の栄誉を与えたとの重みが、世界のリーダーたちをロンドンに引き寄せた(当時は国の数は今より少ないが、112カ国が代表を送った)。

 英国で政治家国葬の際には議会が議決をする。チャーチル元首相のときは、ウィルソン首相(当時)が議会で国葬を促す演説を行った(65年1月25日)。チャーチルは保守党で、ウィルソンは敵対する労働党所属である。政治家の国葬は党派を超えた議会での一致が原則だ。党派対立は国葬の権威を損ねる。

 国葬よりワンランク落ちるのが、儀礼葬(ceremonial funeral)である。ダイアナ元皇太子妃、サッチャー元首相、女王の夫エディンバラ公フィリップのときは儀礼葬であった。儀礼葬では、葬列で海軍兵が棺(ひつぎ)を運ばないなどプロトコルが異なる。

 逆に言えば、儀礼葬との差をつけることによって、国葬の権威はより増す。卓越した政治家に、国王と同じ葬儀に遇するという栄典を与えるのである。 この点、今回の安倍国葬を考えると、場所や式次第などは過去の内閣・自民党合同葬を踏襲している。これは軽い。国葬は、天皇の「大葬の礼」と同じ重さがあるべきだ。

国民が送る演出もなし

 エリザベス女王の国葬を荘厳たらしめた一つの要素は、音楽を伴った、ロンドン市内の葬列であっただろう。国民との別れの演出は、葬儀を「『国』を挙げての儀式」へと高める。

 一方、安倍元首相の国葬は、「国民への弔意の強制」という批判への配慮から、日本武道館での弔辞と出席者による献花が中心となる。葬列を国民が送る演出はない。日本武道館という場所も、ウェストミンスター寺院と比べると聖性を感じさせない。

 弔意によって国民を一つにつなげようと試みることが、国葬の最大の意義ではないか。それができないのであれば、やはり国葬にしない方がよかったと思う。

英女王国葬の主な出席者(元首・首脳級)

 ◆王室関連

 天皇陛下 ウィレムアレクサンダー国王(オランダ) フィリップ国王(ベルギー) フェリペ6世国王(スペイン) ハラルド5世国王(ノルウェー) カール16世グスタフ国王(スウェーデン) マルグレーテ2世女王(デンマーク) アルベール2世大公(モナコ) アンリ大公(ルクセンブルク) ワンチュク国王(ブータン) ボルキア国王(ブルネイ) アブドラ国王(マレーシア) ツポウ6世国王(トンガ) アブドラ国王(ヨルダン) ムハンマド大統領(UAE、アブダビ首長) ハイサム国王(オマーン) タミム首長(カタール) レツィエ3世国王(レソト)

 ◆首脳級

 バイデン大統領(米国) トルドー首相(カナダ) ボルソナロ大統領(ブラジル) マクロン大統領(フランス) シュタインマイヤー大統領(ドイツ) マッタレッラ大統領(イタリア) ミシェル欧州理事会議長(EU) フォンデアライエン欧州委員長(同) ヒギンズ大統領(アイルランド) ファンデアベレン大統領(オーストリア) カシス大統領(スイス) サケラロプル大統領(ギリシャ) レベロデソウザ大統領(ポルトガル) ニーニスト大統領(フィンランド) シュミハリ首相(ウクライナ) ドゥダ大統領(ポーランド) フィアラ首相(チェコ) ノバク大統領(ハンガリー) ムルムー大統領(インド) 尹錫悦大統領(韓国) オユーンエルデネ首相(モンゴル) ハリマ大統領(シンガポール) シャリフ首相(パキスタン) ウィクラマシンハ大統領(スリランカ) ハシナ首相(バングラデシュ) アルバニージー首相(オーストラリア) アーダン首相(ニュージーランド) ヘルツォグ大統領(イスラエル) シュタイエ首相(パレスチナ) マドブリ首相(エジプト) ラマポーザ大統領(南アフリカ)

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など。

「サンデー毎日10月9日増大号」表紙
「サンデー毎日10月9日増大号」表紙

 9月27日発売の「サンデー毎日10月9日増大号」には、ほかにも「東京五輪汚職 コレが腐食の構図だ!特捜部が狙う本丸 『バブル』『スポーツ』に巣くった高橋兄弟の血脈」「“爆笑”役立ち対談 ぶっちゃけ『鎌倉殿』 東大史料編纂所教授・本郷和人×時代劇研究科・ペリー荻野」「ワンマン宰相へ『100人の弔辞』 1967年・吉田茂元首相国葬 サンデー毎日が見た100年のスキャンダル」などの記事も掲載しています。

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