教養・歴史書評

欧米ブランドは進化せず、日本ブランドは進化する、と説く研究書=評者・加護野忠男

『進化するブランド オートポイエーシスと中動態の世界』 評者・加護野忠男

著者 石井淳蔵(神戸大学名誉教授) 碩学舎 4400円

抽象概念は経営者に思想的土台と方向感覚を与える

 著者は日本を代表するマーケティング学者であり、マーケティングの中心テーマであるブランドについて著者の長年にわたる理論的研究の成果をまとめたのが本書である。

 本書の冒頭では、日本のブランドは、欧米のブランドとは違って、企業自身のイノベーションの結果として進化するという特徴があることが明らかにされている。

 本書では、日本の進化するブランドと欧米の進化しないブランドとが区別され、それぞれの特徴が、具体例をもとに明らかにされている。本書では、日本におけるブランドの進化を理解するための理論概念として、「オートポイエーシス」と「中動態」が提示される。

 オートポイエーシスとは、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンが提唱した概念であり、生命の成長・進化をヒントに社会現象を理解しようとするものである。著者は、進化するブランドは、このオートポイエーシスによって、よりよく理解できるという。進化するブランドも、自分らしさを生み出しながら、自分らしさを確立していくという特徴がある。それが繰り返されるなかで自らを少しずつ変容させて新しい姿へと進化していく。

 もう一つの理論概念である中動態とは、日本独自の言語表現に注目した概念である。欧米の言語表現では、能動態と受動態が明確に区別されるが、日本語の中動態の用法は、その中間で、物事の成り立ちは、特定の誰かの責任や貢献に帰着できるものではなく、多くの人の力がそこに参集したことで生まれてくるものなのだということを、日本人は中動態の用法で表現する。

 欧米と日本におけるこうした言語用法の違いは、根本的に異なった社会や組織を創り出すことになると著者は考える。そこで本書の後半においては、この中動態の理解を基にして、著者独自の日本的経営論が提示されている。

 著者が試みているように、具体的な社会現象を高度に抽象的な理論概念で捉えることは、実践的な意味をも持つ。抽象的な理論概念を示すことによって、その現象にかかわる実務家に大きな方向感覚と思想的土台を与えることができるのである。このように考えると、本書のような学術書にも実践的な価値を認めることができる。

 ブランドにかかわる実務家や研究者だけでなく、ブランドとともに自社を大きく進化させたいと考えてる経営者にも、ぜひ読んでいただきたい本である。

(加護野忠男・神戸大学特命教授)


 いしい・じゅんぞう 神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、商学博士。同志社大学商学部教授、流通科学研究所所長を経て現職。著書に『マーケティングの神話』『マーケティングを学ぶ』など。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事