国際・政治書評

台湾・香港との関係を手掛かりに中国を深く知るための手引書=評者・田代秀敏

『新中国論 台湾・香港と習近平体制』 評者・田代秀敏

著者 野嶋剛(ジャーナリスト) 平凡社新書 1056円

中華圏の迷宮を案内しながら日本が向き合う未来を先取り

 ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発して中国が、台湾近海で大規模な軍事演習を開始した8月4日、著者は台湾に入った。

 著者が目撃したのは、「目と鼻の先で実弾が飛び交う可能性があるのに海遊びに出かける人が続出。中国の無人偵察機が見えたと大騒ぎする若者たちもいた。台北市内の人通りも平常で、株価への悪影響も見られない」という「拍子抜けするほど」冷静な台湾社会だった。そもそも「台湾はエネルギーの備蓄が少なく、天然ガスは1週間分しかない」から、有事が想定されていないのは明らかである(野嶋剛「台湾より緊急報告」、『週刊文春』8月18・25日号)。

 事実、「中国と距離を置く路線を選んでいる蔡英文政権」下の2016~21年に、台湾から中国への輸出は72%増え、中国から台湾への輸入は82%増えた。その結果、台湾の対中貿易収支黒字は55%増え、435億ドル(4.8兆円)に達している。

 こうした中台関係を理解する鍵を、「中国という国家の本質を、台湾と香港を通して、我々が深く知ることをテーマとしている」本書は与えてくれる。

 著者と同じく新聞記者から大学教授に転じた内藤湖南は『新支那論』(1924年)で「支那が資本主義によって、世界を脅威すべき基礎の乏しき」と主張した。だが中国は、購買力平価換算の国内総生産(GDP)で2016年に米国を逆転し、米国の覇権に対する脅威となっている。

 大陸でも台湾でも香港でも人々は「法則を断片の中に暗示することを好む」(吉川幸次郎「支那学の問題」、『文藝春秋』1940年11月号)。

 膨大な漢籍を訓読したものの中国語会話ができなかった湖南は「断片」を拾い損ねてしまったのだろう。

 一方、学生の時に訪れた香港に魅せられ、私費で香港そして台湾へ留学して以来、台湾・香港を足繁く訪れ見聞を重ねてきた著者は、拾い集めてきた「断片」を縦横に駆使して、中華圏の迷宮を案内してくれる。

「台湾・香港は日本が向き合うべき未来を、10年、あるいは20年早く体験している」と著者は宣言する。

 そうであるのだとすれば、「香港化」も「台湾化」も回避して、最大の貿易相手国である中国を上手に利用し続けていく道を、日本人は懸命に模索しなければならない。

 そのためにこそ、この10~20年の中国と台湾・香港との関係の劇的な変化を、後者の内側から、現地の人々の意識の変化まで掘り下げて精緻に描いた本書は、できるだけ多くの人々に読まれてほしい。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル代表取締役社長チーフエコノミスト)


 のじま・つよし 1968年生まれ。大東文化大学社会学部教授。上智大学文学部新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、台北支局長などを経て独立。著書に『台湾とは何か』『香港とは何か』など。

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