サーモンにエビに「陸上養殖」活況 外資からベンチャーまで続々参入 具志堅浩二
陸上の水槽で魚介類を育てる「陸上養殖」に異業種や新興企業が続々と参入している。
大消費地そばに“魚工場”建て直送
養殖、と聞いて筆者が思い出すのは、大学時代の研究フィールドだった真珠養殖漁場だ。海に浮かぶ養殖いかだ、照りつける太陽と潮風、周囲を囲むリアス式海岸。これが1次産業の光景か、と思いながら採水したものだった。
陸上養殖は、そうした光景とは全く異なる。建屋の中に水槽やろ過装置など、さまざまな設備が配置され、その間をパイプがつないでいる。あたかも、製造業の工場のようだ。
近年、この分野への参入の動きは一層加速した感がある。たんぱく質需要の世界的な増加が予想される状況だが、天然の魚介類を捕る既存の漁業は、環境変化や乱獲などで生産量が頭打ち。海面養殖は適地が限られる中、陸上養殖には海でなくても土地があれば生産できる点や、生育環境の制御によって安定した生産を行いやすいなどのメリットがあり、可能性のある事業として期待を集めている。
工場のようだ、と書いたが、実際に三重県津市内の工業団地で「工場」建設を計画する外資系企業も。世界各地でアトランティックサーモン養殖を計画するピュアサーモン社(アラブ首長国連邦の首都アブダビ)の日本法人であるソウルオブジャパンだ。
三重を進出先に選んだのは、大市場の東京にトラックで5~6時間、大阪・名古屋に2時間ほどで輸送できるためという。東京・大阪近郊に比べて土地代が安い点も後押しした。1年後の操業開始、2025年末の初出荷を計画。年間の生産量は1万トンを見込む。同社のエロル・エメド社長は「投資額は数百億円になる見通しだが、年1万トンのスケールメリットがあるので、回収に何十年もかかるわけではない。ぜひ私たちの魚に期待してほしい」と自信を示す。
外資系企業としては、他にもノルウェーの陸上養殖事業者であるプロキシマーシーフードが静岡県小山町に養殖場を建設中。同社と独占販売契約を結んだ丸紅の発表によると、魚種はアトランティックサーモン。24年の初出荷を予定し、27年のフル稼働時には年産約5300トンを目指すという。
新事業創出の一環
異業種の国内大手企業が陸上養殖参入に名乗りを上げるケースも相次ぐ。関西電力もそのうちの一社で、今年7月には静岡県磐田市にある子会社の海幸(かいこう)ゆきのやの養殖場で、バナメイエビの養殖を開始した。
なぜ、大手電力会社が陸上養殖なのか。海幸ゆきのやの秋田亮社長は、「電力需要が頭打ちで、本業の飛躍的な拡大の見込みは薄く、新規事業の創出が必要との問題意識が背景にある」と説明する。
エビを選ぶ契機になったのは、「光合成細菌」だった。「当社が推進した大阪湾の環境浄化プロジェクトの中で、ヘドロの浄化に光合成細菌が有効に働くことを発見していたが、その後、ある研究者が、この細菌をエビに与えると、養殖中に死ぬ(へい死)率の減少と成長率の向上が図れることを見つけた」(秋田社長)
関電は、その効果を確かめる実証実験を、バナメイエビの陸上養殖で豊富な実績を持つ国内養殖事業者のIMTエンジニアリングと共同で実施。同社と組めば商業ベースで事業を大きく展開できると判断し、合同で海幸ゆきのやを設立して今に至る。
磐田市の養殖場で育ったバナメイエビは、10月中旬以降出荷の見込み。来年度は年間80トンの生産を目指す。「廉価な輸入品とクルマエビのような高価格帯品の間の価格帯を狙っている。良い品を顧客が納得できる価格で安定供給したい」と秋田社長は抱負を語る。
大手電力会社としては、他にも九州電力が水産専門商社のニチモウらと共にトラウトサーモンの陸上養殖を計画する。地域社会への貢献策の一環。今年2月、九電豊前発電所(福岡県)の敷地内で養殖場の建設を開始した。ロシアのウクライナ侵攻の影響で資材調達が滞り、工事は予定より遅れているものの、年内の竣工、23年1月の操業開始を目指す。
この他、福岡県で放送事業を手掛けるRKB毎日ホールディングスは今年5月、陸上養殖事業者であるネッツフォレスト陸上養殖と組んでトラウトサーモンの陸上養殖事業に取り組むと発表した。
17年7月の豪雨で被災した県民を経済面から支える施策を検討し、陸上養殖に目をつけた。ただ担当者は「目的が地域貢献だけでは採用は難しかった。テレビ業界が成長曲線を描けない中、収益面も期待できる新事業として社内で検討の俎上(そじょう)に載せやすいタイミングだった」とも語る。本年度内に陸上養殖を行う事業会社を設立し、県内に設置する予定の養殖場は年産500トンを計画する。
こうした大手企業の参入では、陸上養殖の先行事業者に協力を求めるケースが目につく。迅速にノウハウを得て事業化したい参入側と、コンサルティングで収益を上げるとともに陸上養殖を広めたい先行事業者側。双方の思惑を考えると、今後も同様の動きが続くと見られる。
大阪市中心部まで1時間
新規参入は大手ばかりではない。大阪府でトラウトサーモンやトラフグなどの陸上養殖を手掛ける陸水は、21年設立のベンチャー企業だ。
「手応えはムチャクチャありますね」と語るのは、同社の奈須悠記社長。近畿大学農学部水産学科でマグロ養殖を学び、卒業後は大手水産会社でマグロやブリ、サーモン養殖を担当。そこで、天然資源が減っている現状を目の当たりにして、新しい生産方法として陸上養殖に興味を持ち、運転資金を確保して開業した。
養殖場は大阪府の南西端にある岬町に設置。大阪市の中心部まで車で約1時間という好立地を生かした鮮度の良さがウリの一つだ。
今年3月、「美咲サーモン」と名付けたトラウトサーモンを出荷し、完売。商品が全然足らず、ほとんどの注文を断ったという。「初の大阪産サーモンであることと、鮮度を大事にする大阪の文化にマッチしたせいではないか」と奈須社長。目下、同町内で新たな養殖場の設置を検討中。生産力を大幅に高めて、取り逃したサーモン需要に可能な限り応えたい考えだ。
こうした活況を呈する陸上養殖に目をつけて、東京海上日動火災保険は21年12月、「陸上養殖保険」をリリースした。「海面養殖については国が共済事業を展開しているが、陸上養殖は対象外。今、追い風の産業であり、どうすれば保険を提供できるか検討した」(担当者)。同保険は、いけすや設備の物的損害、設備故障による魚介類のへい死など、陸上養殖固有のリスクを補償。事業者のニーズに合わせてオーダーメードで商品を設計するという。
多品種少量生産が鍵
外資系の日本進出や異業種大手の参入の動きについて、東京海洋大学の遠藤雅人准教授は「以前から事業化を検討する動きはあったが、企業の参入が進むにつれて、資金繰りや採算性などの面でかなり先が見えるようになってきた。そうなると大手の動きは早く、一気に動き出した」と見る。
この先、資金力のある大手が陸上養殖で主流を占めるのだろうか。遠藤准教授は「従来、中小事業者はブランド化を進め、販路を確保して商品を高く売る手法を確立してきた。大手が進出しても従来のビジネスを維持できるのでは」と予想する。
水産大学校の山本義久教授は、「日本企業は、少品種大量生産の養殖で競ってもノルウェー企業などの海外大手に勝つのは難しい。ブランドごとに味が違うご当地サーモンのように、多品種少量生産型のビジネスの方が有望。水槽ごとに魚種や飼料を変えられる陸上養殖ならそれができる」との見方を示す。
日々、新規参入の報道や各社の発表をチェックしていると、陸上養殖が活性化しているのは分かるが、事業者数の増減や事業内容の傾向など、はっきりしたことは分からない。陸上養殖(ウナギを除く)は、漁業関連法令の規制対象となっていないため、国でも実態を把握しきれていないのだ。
このため、水産庁では21年度に陸上養殖事業者の実態調査を行ったが、同庁増殖推進部によると、回答の回収時期が年末の繁忙期と重なったためか、回答率は28%にとどまった。今年度調査では回収時期の前倒しなどで回収率を高め、得られた結果を今後の施策に反映させていきたいとしている。陸上養殖の健全な発展のためには、振興策の検討、実施など国の後押しも必要だ。水産庁の実態調査のさらなる精度向上を期待したい。
(具志堅浩二・ジャーナリスト)