フェミニズムが導く公正な社会を展望するための手引き書=評者・将基面貴巳
『フェミニズムってなんですか?』 評者・将基面貴巳
著者 清水晶子(東京大学大学院教授) 文春新書 1078円
フェミニズムとは、女性の生の可能性を広げるために社会や文化、制度の変革を目指すものである。本書は、この思想をめぐる思索と行動が問題とする論点が実に多岐にわたることを簡潔かつ具体的に紹介する。
フェミニズムについてあまり深く考えたことのない男性の中には、フェミニズムが女性の利益だけを増進させるものにすぎないと理解する向きがあるかもしれない。その点、本書は「女性の生の可能性を広げる」ことにとどまらず、より一般的に公正な社会を築くための思想でもあることに気づかせてくれる。
例えば、パンデミックを通じて、医療従事者や保育士などのいわゆる「エッセンシャル・ワーカー」の仕事が、家庭内で主に女性が担ってきた無償労働と同じくケア労働であることが注目を集めている。ケア労働の恩恵を被ることはその労働者に「依存」することだという意味で、西洋近代社会が前提とする「自立した個人」像は見直しを迫られることとなった。すなわち、フェミニズム的なケアの思想は「自立」と「依存」がお互いに相いれないものではないことを明らかにしたのである。それは、男女を問わず「依存」する人々を「役に立たない」と切り捨てる「自己責任論」が猛威を振るう日本社会にとって有意義な観点であろう。
また、インターセクショナリティという概念は、黒人女性の差別の経験が、白人女性や黒人男性の場合とは異なることを踏まえてフェミニズムが生み出した概念である。この概念が浮かび上がらせる経験の多様性という視点は、例えば、教育を性別だけでなく年齢やキャリアの点で多様な人々に開放する可能性を示唆する。老若男女を問わず学びたいことを学びたいときに学べる環境づくりもまた女性のためだけではなく、より公正な社会を築くのに資するはずだからである。
今日、SNSを通じて自分と似た考え方の人々だけで集団を作り、異なる意見を排除する傾向が強まっている。均質的な集団に埋没することは「居心地」が良いからである。これとは反対に、多様な経験に基づく多様な意見が存在することを認め、これを理解しようと努めれば、丸ごと共感することはできない「居心地」の悪さを強いられることになる。「居心地の悪さを性急に切り捨ててはいけない」という著者の指摘は、公正な社会を目指す努力に不可欠な姿勢を端的に表現している。
フェミニズムの視点がもたらす政治的社会的変革を展望する上で格好の手引き書である。
(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)
しみず・あきこ 東京大学大学院人文科学研究科英語英米文学博士課程修了。ウェールズ大学カーディフ校批評文化理論センターで博士号取得。フェミニズム、クィア理論が専門。著書に『読むことのクィア』(共著)など。