教養・歴史書評

角川会長はなぜ五輪スポンサーなどという間尺に合わないことを選んだのか=永江朗

 角川歴彦(つぐひこ)KADOKAWA会長逮捕の報道は出版業界に衝撃を与えた。もっとも、すでに同社幹部が2人逮捕されていたし、会長も家宅捜索を受けていたから、ある程度は予想されていたことではあるけれども。そして、衝撃度ということでは、1993年の角川春樹氏(当時・角川書店社長)の逮捕には及ばない。なにしろ春樹氏の容疑はコカインの密輸である(のちに有罪が確定)。

 角川会長が違法性を認識していたのかどうか、そして有罪となるのか否か、現時点ではなんともいえない。ただ、コンサルタント料名目で7600万円が電通関係者に渡っていたことは会見でも認めている(そのうち今回の逮捕容疑は約6900万円について)。つまり東京オリンピックの公式スポンサーになるために、3億5000万円のスポンサー料(協賛金)のほかコンサルタント料がかかったわけで、合計4億2600万円にもなる。公式スポンサーになれば公式プログラムなど出版物を制作・販売できるが、それが億単位の利益をもたらすとは思えない。たとえコロナ禍がなかったとしても、いまどきのオリンピックにそこまでの魅力はない。

 角川会長は好奇心旺盛で進取の精神に富んだ人だった。だからニコニコ動画で知られるドワンゴと合併して社名をKADOKAWAにしたり、iモードをつくった夏野剛氏を社長に迎えたりという、大胆なこともやってのけた(筆者は評価しないが)。デジタル時代の出版の方向を提示したといっていいだろう。

 一方、数字に関しても厳しかったと聞く。その彼がなぜオリンピックの公式スポンサーなどという間尺に合わないことを選んだのか。この贈収賄事件の最大の謎だ。

 ブランドイメージを上げたかったから、というのが筆者の仮説だ。角川書店は老舗と呼ばれるが、講談社や小学館には及ばない。そして社長がコカイン密輸で逮捕という消せない傷がある。社名も変えた、埼玉県所沢市に大きな文化施設もつくった、イメージをもっと上げたい、と歴彦会長は焦ったのではないか。

 だが結果は裏目に出た。信用を築くには長い時間がかかるが、ほんの一瞬で失われてしまう。


 この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。

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