経済・企業

亡国の円買い介入が財政破綻を早める(編集部)

一時145円台後半になった円ドル相場(2022年9月22日午後4時5分撮影)
一時145円台後半になった円ドル相場(2022年9月22日午後4時5分撮影)

「財政破綻を早めるきっかけになったかもしれない」(止まらない円安 ≪特集はこちら)

 元モルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)在日代表兼東京支店長の藤巻健史氏は、政府が9月22日に実施した円買い介入に強い危機感を示す。実力に見合わない通貨高誘導は、市場の餌食となりかねないからだ。円安→インフレ→金利上昇のループにはまれば、ただでさえ脆弱(ぜいじゃく)な日本の財政と、事実上財政ファイナンス(財政資金の穴埋め)に組み込まれた日銀は、ひとたまりもない。

ポンド危機

ポンド危機再来_?! Bloomberg
ポンド危機再来_?! Bloomberg

 主要通貨が危機に陥ったことがある。1992年の英ポンド危機だ。当時、通貨ユーロまでの移行制度である欧州為替相場メカニズム(ERM)に参加していた英国は、ポンドを一定の変動幅に誘導していた。しかし、それは実体経済の低迷とは不釣り合いで、「過大に評価されている」と、著名投資家のジョージ・ソロス氏がポンド売りを仕掛けた。英イングランド銀行(中央銀行、BOE)は政策金利を大幅に引き上げると同時にポンド買いで対抗したが、支え切れなかったという事件である。

 藤巻氏は「今回の介入はポンド危機をほうふつとさせる」と言う。理由は、日米の金利差拡大と貿易赤字というファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に基づく円安にもかかわらず、政府が人為的に止めようとする構図は、当時の英国と同じだからだ。物価高を抑制したい政府と、異次元緩和で円安誘導する日銀という矛盾した姿勢は投機筋の思うつぼ。「第二のソロスが現れる」(藤巻氏)。

 年初から1ドル=115円前後で推移していたドル・円相場が、ドル高・円安に向かったのは3月中旬以降のこと。6月に130円台に入り、9月には140円台へ。22日には145円台に突入した(図)。

 3月以降に円安が進んだ背景にあるのが、米国の利上げである。米連邦準備制度理事会(FRB)は3月に0.25%を皮切りに9月までの5会合連続で利上げした。6月以降の3回は通常の3倍にあたる0.75%の大幅利上げだ。

 加えて、昨年末からの原油をはじめとする資源や穀物の高騰が、2月に始まったウクライナ戦争によって加速。8月まで貿易赤字は12兆円を超えて、通年では過去最高となる見通し。貿易赤字は円を売ってドルなどの外貨を買うため、円売り圧力となる。

 つまり、金利差と貿易赤字に伴う外貨需要増が円安をもたらしているのだ。

金利と量の収縮

 加えて忘れてならないのは、FRBやBOEは、保有資産を圧縮する量的引き締め(QT)に乗り出していることだ。「価格(金利)と量で収縮が始まっており、特にQTの影響は未知数」(東京女子大学の長谷川克之特任教授)。利上げとQTを急がなければならないほどに、強烈なインフレに欧米主要国は追い詰められている。

「介入は予想外だった」と、市場関係者が口をそろえるのもファンダメンタルズに伴う円安ゆえに、効果に乏しいとみていたからだ。しかも、日本単独での介入にならざるを得ないことは明白だった。

「米国は日本による単独介入を事後的に容認しているが、協調介入には至らない。日米財務省会談(7月12日)後、イエレン米財務長官は『(G10など主要通貨の為替相場は)市場が決定すべき』と指摘しており、そのスタンスは現在も変わっていない。ドル高はインフレ圧力を抑制する効果もあるため、米国が協調介入に応じる動機には乏しい」(バークレイズ証券の山川哲史チーフエコノミスト)

 では、なぜ介入に踏み切ったのか。財界幹部は「物価高や旧統一教会問題で支持率が低迷する官邸の圧力だろう。マーケットをよく知らない政治家に押し切られたということだ」と推測する。

 前回、円買い介入に踏み切ったのは約24年前の98年6月。きっかけは97年11月の金融危機だった。

 三洋証券に始まり、北海道拓殖銀行、山一証券、徳陽シティ銀行と毎週末ごとに金融機関が破綻。「次はどこか」と、日本の金融市場がメルトダウンを起こしかけた。当時、都銀でさえドル調達がままならない状況だった。株と円が売られる「日本売り」が始まっていた。円買い介入に踏み切った頃には、日本長期信用銀行(現新生銀行)や日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)などの大手行の破綻が時間の問題とされた時期だ。

 結果的に円買い介入でも円安は止まらなかった。反転したのは、介入から3カ月後のロシア債務危機を経て、大手ヘッジファンドLTCMの破綻で、米国が利下げを余儀なくされてからだ。

 JPモルガンのベンジャミン・シャティール為替調査部長は「90年代後半の介入を通じて得た教訓は、市場の最初の反応が最も大きくなるということ」としたうえで、「今回も無駄な介入に終わる」と予想する。9月22日の介入直後、1ドル=140円台まで円高が進んだが、3連休明けには144円台にまで戻った。

 市場では「投機筋が円売りを狙うだろう」と予想が広まっている。「ファンダメンタルズが動けば、それに伴って防衛ラインも変わる。現状で想定したラインを突破されたら第2次、第3次のラインを引いてくる。98年8月は147円66銭までいったので、その前後くらいに設定するかもしれない」(第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミスト)。

 介入資金として、外貨準備を使ったことに前出の藤巻氏は「外貨準備金は国民の命を守る最終手段。つまり、本当に日本が危機に陥り、原油や食糧を海外から民間が買えなくなった時のための貴重な資金だ。目先の無駄な円安対策に使うとは無責任極まりない」と憤りを隠さない。

(編集部)

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