教養・歴史書評

自分の「物語」を疑ってみる重要性を強調 評者・将基面貴巳

『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』

著者 ジョナサン・ゴットシャル(ワシントン&ジェファーソン大学英語学科特別研究員)

訳者 月谷真紀

東洋経済新報社 2200円

 いささか物騒な邦題を持つ本書の原題は、直訳すれば「物語の逆説 物語ることへの愛がいかに社会を築いたり壊したりするのか」となろう。「人間は物語を語る動物である」という基本命題から出発し、全ての物語にはそれに接する人々を誘導する効果があることを論じる。そうした誘導が社会を結束させたり分断したりする点に「物語」がはらむ危険性があると著者は主張する。

 評者が専門とする歴史学に即していえば、歴史がいかに現実を反映したものだとしても、歴史論述は現実そのものではない。著者が指摘する通り「実際に起きた物語は一つもない」。複雑で曖昧な過去の現実を理解するために、我々は「物語」を語る。「物語」としての歴史は常に「人為的な事後の創作」である。

 そこで問題なのは、「物語」はステレオタイプ化された構造を持ち、善悪の対立における主人公の苦闘を描くことで、何らかの道徳をほのめかす点である。

 その点で「国民の歴史」という歴史論述が近代ナショナリズムと共に生まれたことも納得できよう。フランス革命に際して、革命政府は庶民に「フランス国民」としての意識を植え付けるために、偉大なフランス人の物語としての歴史論述を創り、教え込んだ。偉人への共感を通じて国民的結束を促したのである。

 しかし、それは同時に、歴史上の「悪役」を敵視する傾向も生み出す。同じ「物語」が社会全体で共有されていれば、少なくともその社会における結束を約束する。だが、SNSが主な情報源となると「限られた(ナロー)視聴者向けに放送される(キャスティング)」物語だけに人々は接する結果、社会内部で分断が生じる、というのが著者の現代社会に対する診断書である。

 ではどうすればよいのか。著者は、ありとあらゆる「物語」に対する懐疑の重要性を強調する。目の前の現実について、自分が信じる「物語」を神聖視するのではなく、別の「物語」の可能性があるのではないかと疑ってみることである。

 著者による処方箋を頼りないとみる向きはあろう。しかし、近代初期ヨーロッパで猖獗(しょうけつ)を極めた魔女狩りを沈静化させる上で懐疑主義の台頭が一定の役割を演じた歴史を顧みるとき、著者の指摘はあながちつまらないものとはいえない。

 歴史だけでなく、ニュース報道、映画や小説などにも同様の危険がはらんでいることを、本書は豊富な事例でいきいきと論じる。「物語」に依存せざるを得ない人間思考を反省する上で有益な一冊である。

(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)


 Jonathan Gottschall 米ペンシルベニア州ワシントン在住。著書に『人はなぜ格闘に魅せられるのか』(『ボストン・グローブ』誌ベストブック・オブ・ザ・イヤーに選出)などがある。


週刊エコノミスト2022年11月8日号掲載

『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』 評者・将基面貴巳

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