資源・エネルギー 再エネ
用途も悩みも多い「地熱」 岩手県八幡平市からの報告 稲留正英(編集部)
火山国である日本は世界有数の地熱資源があるが、その開発と活用には課題もある。
独自動車メーカー、アウディの日本法人が10月18日、再生エネルギーに積極的に取り組む自治体を電気自動車(EV)で巡る第2回のプレスツアーを岩手県八幡平市で実施した。目的は、日本社会におけるEVと再エネに関する議論の喚起だ。
日本では、「再エネが普及していない現状では、EVによる温室効果ガスの削減効果は限られる」といまだEVに懐疑的な声が多い。しかし、環境省によると日本は、2020年の国内の年間発電量(1兆13億キロワット時)に対し、7倍強(7兆5225億キロワット時)の再エネ資源量がある。「なぜ、これだけ自然に恵まれた日本で再エネの普及が進まないのか。何が障害なのか。実際に現場を訪れることで、日本の読者に判断材料を提供したい」(アウディジャパンのブランドディレクターのマティアス・シェーパース氏)というのが同社の狙いだ。
北海道と並ぶ豊富な地熱資源がある八幡平市は1966年、松川地熱発電所で、日本初の商用の地熱発電を開始した。19年1月には2番目の松尾八幡平地熱発電所が運転を開始し、24年4月には3番目の安比地熱発電所が稼働する予定だ。
同市の佐々木孝弘市長は、「八幡平の2大産業である観光と農業は地熱に支えられている」と話す。松川地熱発電所の発電で使われた蒸気を活用し、温水を造成、これを総延長46キロの配湯パイプで、旅館やホテルのほか、病院や農業用ハウスまで700件に供給している。競走馬を育てる「ジオファーム八幡平」では、地熱を使って馬糞(ばふん)を発酵させ、マッシュルーム栽培用のたい肥を作っている。船橋慶延代表は、「岩手県で唯一のマッシュルームの生産を手掛けており、年間生産額は100トンに達する」と話す。
関係者の合意形成がカギ
東北大学で地熱発電を研究する流体科学研究所の鈴木杏奈准教授によると、日本の地熱資源量は、米国、インドネシアに次いで世界3位。しかし、実際の発電量は資源量が日本の4割しかないケニアより小さい。原因の一つは風力や太陽光などの他の再エネに比べた開発の難しさだ。松尾八幡平地熱発電所の菱靖之・副所長は、「井戸を1本掘るのに6億~8億円。7年かけて3本掘ったが、うち1本は蒸気が少なく発電に使えなかった。20億円の投資に対し、7年間無収入が続く」と初期投資の重さを説明する。
また、「地熱資源が豊富にあるのが温泉地だが、温泉事業者の反対で開発が頓挫してしまうケースも見られる」(鈴木准教授)。環境規制の強化も、地熱資源の「地産地消」を阻んでいる。松川地熱発電所に対して、松尾八幡平地熱発電所では、蒸気の温泉などへの2次利用が進んでいない。規制が変わり、蒸気を地中に戻さないといけなくなったからだ。佐々木市長は、「発電所でも地域貢献をしたい意向はあるが、ここは国と相談しないといけない」と話す。
鈴木准教授は、原子力など国が主導する旧来のエネルギーに対して、再エネはさまざまなステークホルダーが協議して開発を進める「分散型のシステムになる」と話す。地元をはじめ関係者がお互いに歩み寄りながら、再エネをどう地域の発展に生かすのか。八幡平市の取り組みと苦悩から、目指すべき姿が見えてくる
(稲留正英・編集部)
週刊エコノミスト2022年11月8日号掲載
「地熱」で観光と農業を支える先進自治体・八幡平市の悩み=稲留正英