投資・運用

足元は取引低調な米国株でも、10年先見越せば今こそ仕込み時=稲留正英

Bloomberg
Bloomberg

回復を確信できない投資家

 米国株式市場がインフレと米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締めの思惑を巡り、神経質な動きを続けている。6月中旬から上昇基調をたどっていた米株価だが、8月中旬から軟調な動きに転じた。楽天証券経済研究所の窪田真之チーフ・ストラテジストは「米景気のハードランディング(急激な失速)不安が再燃した」という。(やっぱり最強!米国株 ≪特集はこちら)

 米労働省が8月10日に発表した7月の消費者物価指数は前年同月比8.5%上昇とインフレ率は依然として高水準。それを受け、8月18日に米セントルイス連銀のブラード総裁が、高インフレは「ウォール街の多くの人々が考えているよりも、もっと長く続く」と発言し、9月20〜21日の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ幅は0.75%と、市場の事前予想(0.5%)より高い水準を示唆したことが追い打ちをかけた。

 昨年からの米国でのインフレ急伸や今年に入ってFRBが急速な利上げに転じたことで、米S&P500株価指数は今年6月、年初から一時2割以上も下落した。しかし、インフレが今後、沈静化に向かい、FRBは来年にはむしろ利下げに転じるのではないか、との楽観論も浮上し、株価の戻りを支えていた。ブラード総裁発言はそうした期待に冷や水を浴びせた格好だ。

 投資家は米国株の回復にまだ確信を持てないでいる。ある証券会社の米国株アナリストは、「足元の米国株取引はどちらかというと低調。先週は成長性の高いハイテク株が買われたかと思えば、今週は公益事業や生活必需品などのディフェンシブ株が上昇と、物色の矛先が週替わりで変わる」と話し、方向感はいまだ定まっていない。

伸びる1株当たり利益

 しかし、中長期的に見れば、現在の調整局面は「米国株の絶好の仕込み時」という見方が市場関係者の間で根強い。その理由は世界の国内総生産(GDP)の4分の1を占める経済の規模と、米国企業の成長力の高さだ。それを裏付けるように、米国株は年初から大幅に下落したとはいえ、依然として新型コロナウイルスが感染拡大する前の高値を大きく上回る。それも、他の先進国株価をしのぐ勢いだ(図1)。

 米国の産業をけん引するハイテクを中心に、米企業業績の拡大基調は変わっていない。図2はS&P500とハイテク株を中心に構成するナスダック100の1株当たり利益(EPS)の推移を示したものだ。両指数のEPSとも2022年以降、拡大するが、アップルなどのGAFAやテスラなどハイテク株の組み入れ比率が高いナスダック100のEPSの方が高い伸びを示している。

 楽天証券経済研究所の香川睦チーフグローバルストラテジストは、「イノベーションの集積地である米国では、ポストコロナ、ウィズコロナのいずれでも、DX(デジタルトランスフォーメーション、経済のデジタル化)による需要拡大の恩恵を米国企業は受けていく」と強調する。目先の相場の動きに目をとらわれず、米国企業が長期にわたって今後も成長するとの見方に立てば、「絶好の買い場」(香川氏)というわけだ。

 事実、足元で個人投資家が米国株を物色する動きは止まっていない。投信評価会社のモーニングスターによると、今年7月の国内公募株式投信の純資金流入額のトップは、三菱UFJ国際投信の「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)」で流入額は448億円(表)。それ以外にも米国株関連のファンドが上位に並ぶ。

 アクティブ型ファンドでも、長期保有を前提としたファンドには安定期に個人の資金が集まっている。例えば、三菱UFJ国際投信が設定し、英ベイリー・ギフォード社が運用する「ベイリー・ギフォード世界長期成長株ファンド(愛称ロイヤル・マイル)」。全世界の成長株が投資対象だが、組み入れの5割強を米国株が占める。同社は成長株への長期投資では、米キャピタル社と並び、世界的に歴史と定評がある運用会社だ。

「持たざるリスク」

 ファンドの7月末の組み入れ銘柄を見ると、テスラ、アマゾン、エヌビディア、モデルナ、イルミナなどの米成長株が上位に入る。このファンドの最大の特徴は、5年から10年先の株価成長を見据えた長期投資。ロイヤル・マイルと同じ運用戦略を採用するマザーファンドの平均銘柄保有期間は、22年5月末で10.8年。日本の代表的なアクティブファンドでは1年未満のところもある中、その長さは際立つ。

 同社の運用責任者でパートナーのマーク・アーカート氏は、「企業が持つ競争優位性や経営者の経営手腕は少なくとも5年という期間が経過して初めて明らかになる」と説明する。その際に株価には「ダウンサイド(下落)リスクだけではなく、アップサイド(上昇)リスクがある」ことに注意する必要があるという。「投資における最大損失は、投資額に限定されるが、投資成功時のリターンは理論上、無限大」だからだ。

 これは、米国株を保有し続けなければ、「持たざるリスク」を負うことを意味する。モーニングスターによると、7月末時点で同ファンドの過去3年間の年率の騰落率は19%上昇と「国際株式・グローバル・除く日本」のカテゴリーの中で、171ファンド中4位の成績だ。しかし、足元は米国株の調整を受け、過去1年間では31%の下落と苦戦している。

 これについて、ベイリー・ギフォードは今年6月発行の運用報告書で、「金利上昇による株価の下落は、短期的なバリュエーションの調整(割高感の剥落)という側面もあると考えている。長期投資の実践においては、短期的な相場の変動に左右されることなく、10年先を見据えた長期の視点で選び抜いた銘柄を、“辛抱強く”保有することが重要」とコメントしている。

 目先の相場の調整に右往左往せず、米国株の成長性を信じて、長期投資に徹することができるか。そこが米国株投資の成否の分かれ目になりそうだ。

(稲留正英・編集部)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事