教養・歴史書評

清華大学を舞台につづられた本気のDXのヒント集 評者・田代秀敏

『中国のデジタルイノベーション 大学で孵化する起業家たち』

著者 小池政就(日中イノベーションセンター主席研究員)

岩波新書 902円

 日本にとって最大の貿易相手国であり、国際協力銀行の調査によると日本の製造業企業が「中期的に有望と考える事業展開先」のトップとする中国では、怒濤(どとう)の勢いでデジタル化が進展し、社会のあり方や人々の生活を劇的に変化させている。

 その変化を、衆議院議員の経験がある工学博士が、世界最多のユニコーン企業(設立10年以内で評価額が10億ドル超の未上場ベンチャー企業)が生まれている北京で、起業家を多数輩出している清華大学を通して解説するのが本書である。

「日本の多くの報道がフォーカスする共産党政府が前面に出た中国像の向こう側にある、中国国内のネット業界を中心とした民間の活力、産学の複合的連携、社会の寛容性等を日本に伝えたいという筆者の想いを乗せて筆を運んだ」と述べている通り、著者が注目するのは、「現在の中国では年間440万社、1日平均にして1.2万社が誕生し」「政府の北風政策のなか、暗号通貨やブロックチェーンに関わる事業者や消費者はたくましく生き延びている」といった中国の民間のバイタリティーである。

 清華大学は胡錦濤氏そして習近平氏と2人の最高指導者を続けて輩出している名門であるものの、その予算内訳は「政府助成が20%、事業収入が55%、寄附や関係企業からの収入等その他が25%となっている」。

「大学が核となった研究開発や創業エコシステムが発展し」ており、事業収入の核である研究開発収入は100億元(約2000億円)を超える。

 イノベーションを「技術革新」と訳す日本では、技術者が大学で育成される。それに対して「創新」と訳す中国では、技術者だけでなく起業家も大学で育成される。

 清華大学では「中国の大学生の起業の失敗率は95%」と明らかにし、「事前に学生に対して失敗してもいいのだと伝え、たとえ失敗したとしても再起を促すようにしている」。

 日本の「失敗を恐れる減点主義や前例主義に終始し、他人の失敗を許容できず、自らの失敗も認めない」文化とは対極の「失敗に寛容な文化」が中国のデジタルイノベーションを支えている様子が活写される。

 また清華大学は意外なほど開放的で国外との連携が活発であり、日本の東京都、北海道、愛知県などの地方自治体、トヨタ自動車などの企業、経団連などの組織、東京大学などの大学との交流が紹介される。

 日本でデジタルトランスフォーメーション(DX)を本気で進めるためのヒントが、本書にはちりばめられている。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル代表取締役兼チーフエコノミスト)


 こいけ・まさなり 工学博士。東京大学工学系研究科技術経営戦略学専攻博士課程修了。丸紅勤務、衆議院議員等を経て北京へ。清華大学を拠点に日中間の産学連携の仕組み研究に携わる。専門は国際関係、エネルギー等。


週刊エコノミスト2022年11月15日号掲載

『中国のデジタルイノベーション 大学で孵化する起業家たち』 評者・田代秀敏

「失敗に寛容な文化」が生む大学と連携した民間事業力

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